あんた絶対あの人だろ
とある休日。
私はぷらぷらと当てもなく見慣れた街並みを眺めながら歩いていた。
前までならゲームの腕を磨いたり配信をしたり他のメンバーの配信を観て勉強したりしていたが、最近ではお母さんや梨沙の
ということで完全な休日な訳だが、家にいてもすることがないので適当に街に繰り出してきているというわけだ。
「んー平和だ。まあ、そう立て続けに事件とかが起きても困るけど…」
そう小さく零してから「しまった」と気付く。
アレだ、「スパチャ投げないで!お金大事にして!」と一緒だ。
「おい退け!っ…こっち見てんじゃねえよ!散れ!」
「はあ…」
なんだろう。ミラライブに入ってから私は名探偵体質にでもなってしまったのだろうか。
今だってちょうど通り過ぎようとしたコンビニから覆面の男が右手にナイフを、そして左手で小さなカバンを大事そうに抱えて飛び出してきたのだ。
近くの人間に手当たり次第にナイフを向けて脅しているので通りは軽くパニック状態だ。
…私を除いて。
「ベタすぎんか…」
この異常事態を見てもそんな発想しか出てこない自分に嫌気が差しつつもやはり無視はできない自分に更に嫌気が差す。
「あのー…」
見る限りではど素人。脅しのためにナイフを握ってはいるがいざというときにほんとに人間相手にそれを突き立てられるのかも謎だ。
まあ、ナイフ持ってコンビニ強盗するような人間がナイフの扱いに慣れていても困るが。
とりあえず反対方向に逃げられても面倒なので軽く呼び止める。
「あぁ!?てめぎゃふん」
「ほえ?」
私に気づいて振り返る覆面男。この前のカフェでの一件のようにナイフを蹴り飛ば…そうとしたところで、覆面男が背中側から何かしらの衝撃を受けて私の方に倒れ込んできた。
誓って何もしてないよ、私。
ていうか「ぎゃふん」て。何されたらそんな声出るのよ。
「ふむ…。主、大丈夫か?」
「ああ、私は大丈夫ですけど…」
今しがた足元の男を悶絶させた女性が私に話しかけてきた。どうやら私が襲われると思って守ってくれた…ようだ。
「助けてくれてどうも…」
「助けた…?主、何か勘違いしておるようじゃが、妾は妾の往く道にゴミが転がっておったから蹴飛ばしただけじゃ。自惚れるでないぞ」
「…」
…。
私の目の前に立つのはめちゃくちゃ綺麗な女性。
サラッサラのストレートの黒髪。花の形を模していると思われる髪飾りが耳の上についている。
切れ長の鋭い目から放たれる威圧感は凄まじく、気の弱い人なら睨まれただけで土下座してしまいそうなほど。
ファッションは…まあいい、普通だよ。かなりデカい胸が零れ落ちそうだけど、オシャレの範疇…だと、思う。
そんなことより気になるのは足元だ。踵の部分が必要以上に細くなっているハイヒール…いわゆるピンヒールというやつだろうか?
…その踵の部分が僅かに赤黒く染まっている。
「…えっと、この人大丈夫ですかね…」
「ほう、今さっき自分を襲おうとした暴漢の心配か。殊勝な心がけじゃの」
「あー…うん、ありがとうございます…」
この人に話が通じないのはなんとなく分かった。ていうか前から分かってた。
うつ伏せに倒れたまま未だ悶絶している男の背中を見ると、腰の辺りに弾丸を撃ち込まれたかのような綺麗な穴が。
「えっと、服破れて血が出てるんだけど大丈夫ですかね」
「ま、主が気にすることではなかろう。腰の骨が折れとるやも知れんがの」
「気にすることなんだよなぁ!?」
目の前で倒れてる(倒された)人がいて、しかも骨が折れてるかもしれないってのに気にしない人間がいてたまるか。少なくとも私はそんな異常者にはなりたくない。
「仕方ないのぅ…。おい、下郎」
「下郎て…」
「…はい」
「返事するんかい」
遂に立ち上がることを諦めたのか、地に伏せる覆面男が彼女の呼びかけに素直に応じる。
「腰、痛いか?」
「…」
頬を地面に擦り付けたまま黙りこくる覆面。問いからきっかり3秒後、彼女は一切の躊躇なくピンヒールの踵を覆面男のこめかみに突き刺した。
「妾が『痛いか?』と訊いておる。さっさと答えんか」
「あだだだだ!!!痛くない!!痛くないですから!」
「ちょちょちょちょちょ!?」
突き刺した…というのは正確な表現ではなかったかもしれない。いやまあマジで突き刺してたら大問題なんてレベルじゃないグロ画像なんだけどさ。実際それぐらいの勢いだったってことだよ、うん。
「よし、とりあえず離れよう!警察呼ばれたら真っ先に捕まるのは間違いなくあんただから!」
「何故妾が警察如きから逃げねばならん?妾はただ正当な…」
「どこが正当じゃ!ほら、とりあえず行くよ!」
「お…押すでない!転ぶじゃろうが!」
「あんたがそんな靴履いてるのが悪いんだよ!!」
改めて周りを見渡すと、今頃になってやっと他の人はスマホを取り出し始めたところ。強盗さんとこの人の奇行にさっきまで唖然としていたようだ。
これでみんなが警察を…っておい、警察呼べよ、なんで写真撮ってるんだよ。あ、お前今私撮ったな?肖像権侵害で訴えるぞオイ。
え?『あまりにも美人だからつい』?
…まあ、許そう。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
「さて、ここまで来れば大丈夫でしょう…。一応念のために高畑署長に連絡しときますね…」
近くの公園まで彼女を連れてダッシュした私がそう言ってスマホを取り出すと、隣に座る女性―――もういいや、アリシア様は何故かキツネにつままれたような表情を浮かべた。
「お主…何故妾が彼奴の知り合いじゃと知っておるのじゃ?」
「えっ…?あ、もしかして先輩私のこと気づいてませんでした!?」
「…。………。…ふむ。………ああ、そういうことか。生で会うのは初めてじゃの、女狐」
おいあんた、嘘だろおい。自分で言うのもなんだけどミラライブで一番と言っていいほどアバターそのまんまなんやぞ?
「というか…お主、何故妾がアリシアだと気づいたのじゃ?見た目はかなり違うはずじゃが…」
「逆にあの性格で気づかれないと思ってたのが謎だよ。てかなんで今まで身バレしてなかったんだよおい」
そもそも一人称が「妾」の時点で察しだよ。
そしてあの取り付く島もない言動で確定だよ。
そーいや面接のときにピンヒールで面接官を踏みつけたって言ってたもんな。
もしかしなくてもこの人がミラライブで一番のヤベェ人だよ。
「やはりお主は他とは違うのぅ」
「違う…?」
「他の連中はな、妾としばらく話をするとひれ伏すか逃げ出すかの二択なのじゃよ」
「分かってんなら性格改めよっか」
「じゃが、お主はむしろ妾に好感を持っておるようにも見える。何故じゃ?新種のマゾか?」
「なんで好意的に接してんのにマゾ扱いされにゃならんのや」
というか、なんでって言われてもなぁ…。
「確かに言葉遣いはアレだし酷いことも言ってくるけど話してて普通に楽しいしさっき私を助けてくれたみたいに心の奥底のとこは優しい人だって分かってるから…かな?あとめっちゃ可愛いし」
お世辞でもなんでもない本当に本心からの言葉。
でも、何故かそれを聞いたアリシア先輩は僅かに頬を紅く染めて呆けたような表情を浮かべている。
可愛い。
「あ、や、その、み…見るでない!こ…この…バカっ!」
「…えっ」
顔を伏せたまま突如として立ち上がり小学生並みの語彙で私を罵倒したアリシア様はそのまま走り去っていってしまった。
ひゅうっ…っと風が吹き、木の葉が一枚私の足元に舞い落ちた。
一人残された私は魂を抜かれたようにぼうっと突っ立っていた。
…。
「え、アリシア先輩可愛すぎんか」
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
ご報告です。
今回更新致しましたが、執筆再開というわけではありません。暇な時間に思いついた話をスマホで書き連ねてたら知らぬ間に一話出来上がってたので更新しただけです。
更新できないわけではないのですが、PCと比べて書きにくさが尋常じゃないのです…。
今しばらくお待ちを…(´・ω・)
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