第32話 先輩誘拐計画 ④

「えーっと…じゃあ、メグ先輩の送り迎えは加瀬さんにお願いしていいですか?」

「はい、もちろんです。早紀さんもついでに送りましょうか?」

「あ、いえ。私は近所なので大丈夫です」


言い忘れていたが、実はここはミラライブの本社の一室だったりする。目を覚ましたメグ先輩が大声を出す可能性を考えると、防音設備の整っている施設が望ましかったのだが、それで思いついたのが撮影のための防音室のあるミラライブ本社だったのだ。


高畑社長は、『うちの署の地下、使う?』って言ってたけど警察署の地下の防音室なんて嫌な予感しかしないので丁重にお断りしておいた。


そして、私は全く知らなかったのだがこの本社、私の家から徒歩で行ける範囲にある。身バレが天敵のVtuberが頻繁に出入りするという特性上、本社の場所はあまり公開されていないそうな。所属してる私ですら知らなかったよ。


「それじゃ私は先に失礼しますね」


そう言うと、加瀬さんはメグ先輩を肩に担いで去っていった。

加瀬さんが扉を出て、閉められる。今、この場にいるのは私とユウカ先輩の二人だけ。あ、ちなみにユウカ先輩の本名は浜田優香らしいよ。

…なんで本名そのままの人多いんだろうね?


「サキちゃん…やんな?」

「はい、三期生としてミラライブで配信させてもらってる狐舞サキです」

「ちょっと抱きついてええ?」

「なんでやねん!?」

「お、ええツッコミやな。ほーらすりすり〜」

「いついいって言いました!?」

「おお…なかなかに立派なもんついてんなぁ…」

「ちょ、なんでマイカちゃんと同じノリなんですかぁ!!」


え、ちょ、初対面でいきなり抱きついた挙げ句胸揉んでくるって何よ…


「まあ冗談はさておき、ウチな、サキちゃんのファンなんよ」

「ファン?」

「自分、関東人やろ?」

「ええ…関西の血が入ってるのはサリーの方ですけど…」

「サリーってあの子か。いっつもおもろい漫才してるもんなぁ…」

「え、ええ…」

「ほんでさ、サキちゃん関西弁て喋れる?」

「ん…?まあ一応は…でも関西弁ネイティブのユウカ先輩ほどやないで?」

「誰がインディアンやねん」

「誰もネイティブアメリカンとはゆーとらへんで!?」


こんな感じかな?と模索しながら慣れない関西弁でツッコむと、ユウカ先輩はケラケラと笑ってから、


「いや、即興で漫才できるとかやっぱサキちゃん最高やわ。なあ、今度配信で一緒に漫才せぇへん?」

「ほえ!?」


ほえ!?


「いや、今関西人ウチだけやん?どうせなら漫才やりたいんやけど関東弁と関西弁のコンビって変やんか。ほんで、流石にリアルの友達連れてくるんもアレやし、なんなら東京来てる関西人の友達なんかおらんしな」


再び、ケラケラと笑いながらそう言うユウカ先輩。


「で…?」

「『で?』やあらへんがな。サキちゃんは笑いのセンスもあるし関西弁も喋れるし。漫才したら面白いんちゃうかなーって」

「ユウカ先輩が関東弁喋れるようになったらええんちゃうん?」

「やだ」

「やだ!?」

「いやー…関西弁てミラライブの中じゃウチだけやし、アイデンティティみたいなとこあるやん?それ捨てるんてどうなん?って思うわけよ」

「な、なるほど…」


なんか、思ったよりちゃんと考えてる感じもするが…


「ちょっと真面目な話したいから座ってええ?」

「…え?ああ、もちろんです…」

「あんた今、『ユウカ先輩が真面目な話なんかできんのか?』て思ったやろ」

「はい」

「正直やなぁ!?まあええわ、サキちゃんも適当に座り」


そう促されたので、ソファに座るユウカ先輩の隣に座る。


「ウチなぁ、漫才が大好きなんよ」

「でしょうね」

「なんか棘ある言い方やなぁ…。まあええわ。ほんでな、将来の夢がお笑い芸人やってんけどな」

「ふむふむ…」

「その…アガリ症でな。人前でネタ披露せなあかんってなると緊張でなんも喋れんなるんよ」

「あれ?でも…」

「Vでの配信やと大丈夫なんよ。リスナーの顔が見えへんっちゅーのもあるけど、一番は自分の顔が見られへんからかな」

「ほう…」

「まあ、細かいとこは省くけどある日漠然と『Vtuberになって漫才やったら楽しそうやなぁ』て思ったんよ。でもさ、漫才の真骨頂って二人とか三人での掛け合いやんか?他の子らとやっとっても楽しいんやけどやっぱ関西弁vs関西弁の掛け合いが一番なんよ」


まあ、確かにそれは分かる。同じ日本語でも、関西弁と関東弁では全く別の言語と言ってもいいかもしれない。全く意味の分からない方言に頭を悩まされた経験のある人もいるだろう。


「だから、関西弁喋れる子と漫才配信したいな〜って。ほんで、なんでもできるサキちゃんやったらもしかしたら…って思ったんよ」

「いやでも私、漫才とかやったことないし…」

「いっつもやってるやん」


まあ…確かにそうか…。言われてみれば梨沙との配信ほぼ漫才かも…。


「じゃあ、機会があればということで」

「ん、約束な!ほなさいなら〜!あ〜ねむっ…うわ、もう4時てマジかいな…」


約束って…。まあ、楽しそうだしいっか!



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「ん…あれ?」


いつも通りの朝。何も特段おかしいことなんてない。でも…


「夢…なんかじゃなかったみたいですね…」


カーテンのはためく開け放たれた窓を見て、恵は微笑みながらそう呟くのだった。

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