第31話 先輩誘拐計画 ③
「…もういいかしら…?」
「え…?」
「ふう…もう、そんなこと思い出させないでくださいな。今の私は天使メグ。城ヶ崎恵なんて名前はとっくに捨てましたの。あの家も、急に出ていったら何されるか分かったものではないから住んでるだけです。そして、あんな訳のわからない会社に就職させられてはかないません。なので、Vtuberとして稼げるようになればどうにかなるかな、と…」
メグ先輩が自嘲気味に笑う。
「でも…どうしてVtuberなんですか?」
「…昔から好きだったのよ。昔といっても、さっき言った件があってからだけどね。堂々と仮面をつけて、自分を偽って…。そんな、公然の秘密が飛び交う騙し合いに惹かれたの。天使メグとしても私を知っている人はいても、城ヶ崎恵のことを知ってる人はいない。その感覚が楽しかった。城ヶ崎貿易の令嬢としての私じゃなくて、Vtuberとしての私が好きで何万人もの人が集まってくれる。それが嬉しかった」
…言葉も出なかった。
「だからね、お金のために配信やってるって言われて腹が立ったの。私の想いだけじゃなくて、Vtuberって存在自体を侮辱されてる気がしてね」
「でも…」
「もちろん、今はそんな意図じゃなかったって分かってる。きっかけも目的も人それぞれでいいし、ユウカは家出して上京してきたから本当はすっごいお金に困ってて色々苦労してるっていうのも後でマネージャーさんから聞いた。だから…謝りたいって思ってるよ。収益化に関しては親の関係でお金には困ってないから大してダメージないけど、大好きなユウカちゃんはミラライブ脱退させちゃったし…色んな人に迷惑かけちゃったし…」
「…メグ先輩」
「ん?」
「お嬢様口調、やっぱり無理してたんですね?」
「え…?あっ」
「後半、本心で話し始めたくらいからどんどん普通の口調に戻ってましたよ」
「あ、えっとそれはね」
未だ暗い室内。私達の話し声以外は、一切物音がしない。いつになったら助けか、或いは犯人がやってくるのだろうか。
「メグ先輩、私といるときくらい素で話して下さいよ。誘拐未遂犯とはいえ、私のことは警戒しなくてもいいんですよ?」
「…。はあ…分かったわよ…」
諦めたように大きなため息をついたメグ先輩は「じゃあ…」と続けて、
「一つだけ聞かせて。どうして私を誘拐しようとしたの?あと、どうやって?」
「理由は…まだ言えません。ここを無事に出られたら話しますね」
「むぅ…じゃあ、どうやって侵入してきたの?それなりの警備のはずなんだけど…」
「ああ、簡単なことですよ。メグ先輩の家の隣にマンションがあるでしょ?」
「あるけど…え、まさか」
「その空き部屋からぴょんっと」
「馬鹿なの!?」
「あ、もちろんハンググライダーつけて飛びましたよ?」
「なんでそんなもの持ってるのかな!?」
「とある知り合いから貸してもらいまして」
もちろん、とある知り合いとは高畑社長のことである。ていうかあの人、なんでそんなもん持ってんだ…
「それで、空調のメンテナンスのために屋根にハッチみたいなとこがあったのでそこから侵入してちょこっといじってメグ先輩の部屋の空調を塞いだというわけです。そこから直接部屋に侵入できたら万々歳だったんですけど、厳しそうだったので」
「うわあ…犯罪者もびっくりの手口だよ…」
「で、ちょうど熱帯夜だったのでメグ先輩が窓を開けてくれるのに期待して窓の上で待機してたというわけです。屋根からカギ縄?とかいう忍者道具でぶら下がってたんですよ」
「だから、なんでそんなもの持ってるのかな!?」
「だから貸してもらったんですって」
もちろん高畑社長だ。なんであんなもん持ってんだよ。
「なんか釈然としないけど、手口に関しては分かったわ。じゃあ、私達を誘拐した犯人について何か知ってることは?」
「それがですね、全く。完全に想定外なんですよ」
「…ほんとに?」
「マジです」
「さっき気付いたんだけどサキちゃん、嘘をつくと鼻を掻く癖直したほうがいいわよ」
「え、嘘!?…あっ」
「墓穴掘ったわね。こんな状況で見えるはずないしそもそも縛られてるから鼻なんて掻けないのに…」
はあ…もうそろそろ潮時かな…
「すみません、もういいですよ〜」
「「はーい」」
「えっ?」
私がそう言うと、数m先から光が差し込んでくる。ドアが開けられたのだ。
「はい、ちょっとおとなしくしててくださいね〜」
「え、あれ?サキちゃん、縄は…?」
「あんなんとっくに外れてますよ。加瀬さん、もうちょっとちゃんと縛らないと。もし私じゃなくてメグ先輩が縄抜けできたらどうするつもりですか?『女の子を拉致する選手権』のトロフィーはどうしたんですか?」
「いや…結構キツめに縛ったんですがね…」
私が非難するように言うと、苦笑いを浮かべて壁のスイッチを操作して部屋の照明をつける加瀬さん。突然の強い光に私達が目を細め、目が見えるようになった数秒後に私達の目に飛び込んできたのは…
「え…ユウ、カ…?」
「よっ!メグちゃんおひさ〜!」
そう。元ミラライブ一期生の金宝ユウカだった。
「なんでユウカが…?」
「いや〜、さっきこのおばはんが家来てな、『とりあえずこれ耳につけて車乗って』ってゆーてイヤホン渡されてな。そーしたらメグちゃんとサキちゃんの声聞こえるんやからびっくりしたわ」
「…誰がおばはんですって…?」
「うおっ!冗談やがな!ほら、そんな怖い顔したら美人さんが台無しやで〜?」
「はあ…」
「ていうかちょっと待って、私とサキちゃんの声って…」
「あ、これです」
そう言うと、私はポケットから盗聴器を取り出す。
「これで音を拾って送ってたというわけです」
「えっと…つまり?」
「なんや…その、ウチも悪かったわ。メグちゃんの気持ち、なんも考えてなかったわ。ほんまにごめんな」
「…ユウカ」
「ん?やっぱ許せん?」
「そうですね。…でも、久しぶりにハグしてくれたら許します」
「ぷっ…ほらほら、しょうがないなぁ…ぎゅー…」
おぅ…美少女二人がハグしてるよ…。しかもそこまでの流れがテンプレのようにてぇてぇ…。
…ん?ああ、なるほど。これが『てぇてぇ』って感情か…。リスナーさん達は私と梨沙を見てこんな感情だったのか…。
「それではメグさん、そろそろ帰りましょうか」
「え―――」
そう言って、メグさんの口に再び謎の布を押し当てる加瀬さん。
「あれ…?このまま普通に帰る予定では…?」
…彼女の顔を見ると、なんというかこう…恍惚というのだろうか、やべぇ表情をしていた。
「この、美少女を眠らせて拉致る感覚…。癖になっちゃいそう…」
私は、聞かなかったフリをした。ていうか聞いてない。聞いてないったら聞いてない。
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