第29話 先輩誘拐計画 ①

―――4日後。この日は、の決行日。


私と加瀬さん、そして高畑社長はこの日に向けて着々と準備を進めていた。

仕掛ける相手は天使メグこと城ヶ崎じょうがさきめぐみ

それっぽい名前からなんとなく分かる通りお金持ちのお嬢様である。


加瀬さんから手に入れた情報だと、彼女は都内のとある豪邸に住んでいるそう。


なんでも、親が有名な貿易会社の社長をしているらしい。


…まあ、そんだけお金持ちなら確かにMeeTubeのスパチャやらの収益なんてはした金に過ぎないだろう。収益化の取りやめなんて痛くも痒くもないに違いない。そもそも、なんでVtuberなんかやってるのかが不思議でならない。


まあとにかく、実は私は作戦のためにその豪邸に侵入する必要がある。


ということで、社長(署長)に連絡して警備会社から見取り図や警備内容についての情報を


お陰で、メグ先輩がいつも配信している自室の場所や侵入経路はバッチリだ。侵入にあたって必要になってくる道具も用意してもらっている。


作戦の開始時間は二三〇〇。いつもメグ先輩が配信を終了する時間だ。いつもそのまま寝るそうなので、その後で誰かが部屋に来て見つかってしまう可能性は低い。

だが、恐らくメグ先輩は手強い。幼い頃からの英才教育の賜物で、異常なまでの知識量と思考速度を持っているらしい。


…つまりは、少しでも違和感を覚えさせた時点でゲームオーバー。すぐに警備を呼ばれ、そのまま住居侵入の現行犯でしょっ引かれてTHE・END。高畑社長が警察としての権力を悪用することができるとはいえ豪邸に侵入した現行犯ならもみ消すのは難しいだろう。見つかったら終わり。とはいえ他に方法が思いつかないのでこの作戦を実行しなかったら将来の仕事を勝手に警察官にされてしまう。


…いやまあ、嫌ってわけじゃないけどさ。


とはいえ…


「わくわくするね」


闇夜の中、作戦開始の時間を待つ私は誰にともなくそう呟く。


難易度は、言うならばルナティックかつハードコア。高畑さんの情報によると、室内に蜘蛛の巣のように張り巡らされた警備は監視カメラ、赤外線、温度感知、重量感知etc…。どう考えても無理。


あ、なんでそんなんで普通に生活できてんの?って訊いたら登録した人が引っかからないようにプログラミングされてるんだって。便利だね。


じゃあそのプログラムをいじって引っかからないようにしたらいいじゃん!って思ったんだけどね、それいじるためには家主であるお父さんしか知らないパスワードと、警備会社の社長さんの指紋が必要なんだってさ。何に備えてんの?っていうぐらい厳重だね。


もちろん、外部からの侵入に関しても同じ。塀を越えようとしたら当然の如くビリビリ&通報されるらしい。


…とまあ、他にも色々あるけどとりあえずはこんなもんかな。ゲームとかでこういうのを攻略するのって楽しいよね。

…まあ、リアルでこんなことやる日が来るとは思わなかったしこれでわくわくしてる私は少しサイコパスの嫌いがあるのかもしれないけどね…。


もう作戦開始の時間になっちゃったし、細かい作戦については後で伝えるね!



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「それでは皆さん、今日も一日お疲れ様でした!せーの、おやメグーっ!」


プツッ。


「あーっ、今日も楽しかったぁ…。じゃあそろそろ寝ようかしら…」


そう思って私、部屋の電気を消してベッドに寝転がりましたの。


でも、そこで少し違和感が…。


「ん…?あっつい…」


そう、部屋が異常に暑いんですの。

原因はすぐにわかりましたわ。天井のエアコン、涼しくて快適な空間を提供してくれるはずのそれが、沈黙しているのです。


きっと間違えて切ってしまっていたのでしょう。配信中はそちらに熱中しているので気付かなかったとしても不思議ではありません。

すぐに壁に取り付けてあるリモコンを操作し、冷房をつけ…


「あ、あれ?壊れてる…?」


そうなのです。冷房のボタンを何度押してもずっと消えたままなのです。このリモコンが壊れてしまっているのでしょうか…?


「まあ、いいわ」


こんな時間に誰かを起こしてリモコンを直してもらうのも忍びないですもの。私が一晩我慢すればいいだけの話。多少暑かったところで問題はありませんわ。


…でも、流石にちょっと暑いので窓だけでも開けましょうかね…。


そう思って窓を開け、外の冷たい空気を取り入れようとした瞬間…!


「っ…!?」


ふと違和感を覚えて、すぐに窓から離れましたの!すると案の定―――


「あれ?うーん…やっぱ勘付かれちゃったか…」


女性の声です。先程私が開け放った窓の外からです。でも、この部屋があるのは家の3階。普通に考えればそんなこと有り得ませんわ。でも、この声には聞き覚えが…


「あら、サキちゃん。夜中に女性の部屋に忍び込むなんて…。私に何か用かしら?」

「あらら…メグ先輩、気付くの早すぎません?」


そう言って、窓から部屋に侵入してきた女の子。黒いパーカーのフードを目深に被っている。そして手には謎のスプレー缶。上から滑り込むようにして侵入してきたのを見ると、どうやってかは知らないですけれど窓の上に貼り付いていたみたいですわ。


「あら、リアルでもそのスタイルなんですね。まあ、それだけ可愛い声滅多にいませんからね。誰でもすぐに気づきますよ」

「まあそれは置いといて本題に入りましょう。実は私、今日はメグ先輩を誘拐しに来たんですよ」


…あまりにも自然に、まるで『遊びに来た』とでも言うかのような感じで言うので一瞬何を言われたのか理解できなかったですわ。


「…あら、どうして?」

「内緒です」


そう言ってサキちゃんは、口元に人差し指を持っていってお口にチャックをする仕草を。


はっきり言って可愛いですわ。


って、そうじゃなくて。


「誰かから依頼でもされたの?」

「まあ、そんなとこですね」


ふむ…誰が…


…そう、考えたときですわ。


「むぐっ!?」

「え―――」


目の前で、サキちゃんが急に倒れたのです!!


いや、倒れたという表現は正しくないのかもしれません。だって、後ろから何者かに薬品を嗅がされて気絶したんですもの。



私の本能が警鐘を鳴らしましたわ。今すぐ誰かを呼んで対応をしてもらいましょう。しかし、この部屋は私が気持ちよく配信するためにお父様が特別に用意してくださった防音仕様。大声を上げても誰にも届きません。そもそもこの部屋は3階。ここに直接侵入されることなど想定外なのです。


…そう、考える時間すら奴にとっては十分な隙だったのでしょう。


身を翻して部屋から出ようとする前に、いつの間にか接近した犯人に口元に何やら布を当てられていたのです。


――――クロロホルム。


その単語が脳裏に浮かんだときには既に手遅れでした。私は既にその布に染み込んだ薬品をたっぷりと吸い、意識がゆっくりと闇の中に落ちていったからです……

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