第25話 撮影会と画像と胸と。

「はい、もうちょっと顎引いてー!梨沙ちゃん、ちょっと表情固いよ!」


パシャパシャ。


「おい、あれ…」

「もしかしてニュースの…」

「俺はネットニュースで見たぜ…」


もはや無心である。


今は三人でケーキを食べ終えた後で店を出て少し移動し、オシャレな町並みをバックに写真撮影をされているという状況だ。


あのね、めっちゃ高かった。三人分のケーキだけなのに東さんの財布から諭吉さんがいなくなったもん。驚きだよ。プライベートであんなとこ行ってるマダム達って何なんだろうね。あ、そーいや前はリア充カップルもいたわ。思い出したら腹立ってきた。


「早紀ちゃん!表情怖いよー!スマイルスマイルー!」

「は、はーい」


店を出た後、東さんがスマホを取り出してどこかに何やら連絡すると、カメラマンやら照明係やらの人がどこからともなく現れて一瞬にして撮影できる環境が整えられたのだ。流石に軽く恐怖を覚えた。加瀬さんもびっくりの仕事の早さだよ、皆さん。


ほんで、町中でいきなりそんなことするから野次馬連中が大量に集まるわけよ。そしたらニュースやらで見たことあるって人が私が昨日警察署で表彰された深山早紀だと気付いてさ。衆人環視の中で色んな方向から大量のカメラを向けられているというわけです…。

おい、東さんよぉ。こんな恥辱聞いてないぞ…。


そう思って東さんの方を見たら、めっちゃニヤニヤしてた。その表情からは、『ケーキ奢ってやったんだから文句言うなよ?』という心の声がはっきりと読み取れた。

大人ってやつは卑怯だねぇ…。


ぴえん。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



公開処刑さつえいが終わり、帰路につく私と梨沙。結局一時間以上写真を撮られ続けたのでもう二人ともクッタクタだ。


「…早紀」

「…ん?」

「ごめん」

「…おう」


普段だったら『気にしないで!それなりに楽しかったから無問題モーマンタイ!』なんて言うところだが、今日はさすがに疲れた。ていうかあの撮影会の写真、どうせまた拡散されるんだろうなぁ…。しかも18に載るのか…。

ぐぅ…また変な方向性で有名になるぅ…。


そのまま梨沙と別れ、まっすぐ家に帰った。結局梨沙の惚気話ー日曜日編ーは無しになったようだ。まあ、梨沙の疲労も半端じゃなかったしね。しょうがない。


ていうか、家に帰ってからも配信なんかする気力出なかったから狐舞サキ垢の方でシイッターに『今日はリアルの方で大変なことがあって疲労で死にそうなので配信はお休みします…ごめんなさい…』とだけシイートして(ネタを織り交ぜる気力すら湧かなかった)直後にベッドダウンした。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



次の日。


昨日は早めに寝たのでお目々ぱっちりの私と梨沙。

少し疲労は残ってはいるが、ほぼオール明けの昨日と比べたら圧倒的にマシ。講義にもしっかり集中できたし、次回の講義までの課題も全て講義中にサクッと終わらせた(梨沙が唖然としてたけど)。


やっと帰れるー!と大きく伸びをしたとき、私のポケットの中のスマホが一件の通知音を奏でた。


「ぬ…?」


画面を見ると加瀬さんからのメッセージだった。


加瀬:『サリー(梨沙)さん用の立ち絵が完成しました。表情なんかを動かすことはできませんが、今後梨沙さんと一緒に配信する時はその立ち絵を使って下さい』


「ねえ梨沙、梨沙の立ち絵作ってくれたんだってさ」

「え!?ほんと?どれどれ!?」


さっきまで眠そうな顔をしてぐでっとしていた梨沙が顔を輝かせた。

私からスマホをひったくり、添付されていた画像を開く。


「わあっ!これが私?めっちゃ可愛いんだけど!!」

「ちょっと!私にも見せてよ!」


梨沙が釘付けになっている画像をこちらに向けて見せてもらうとそこに映っていたのは、金髪紅眼の少女。妖艶かつ悪戯っぽい表情に口元からわずかに覗く牙が特徴的だ。そして…


「ない…」

「ないね…」


そう、ないのだ。私にも私のアバターにもそこそこあるが、梨沙にはほとんど無いあれが…!!


「加瀬…あのアマ…」

「梨沙!落ち着いて!加瀬さんも悪気があったわけじゃ…」

「う…うるさい!これが悪意じゃなくてなんなのよぉ!!」

「ほら、私だけじゃなくて梨沙のこともしっかり見てくれてたってことだよ!」

「っ…!早紀…あんた、この画像見てそれ言うってことは…」

「あ、いや、そうじゃなくて」

「いいもんっ!胸なんかなくたって愛があればいいのよぉぉおおお!!」

「梨沙ぁぁぁぁ!!落ち着いて!みんな見てるからぁぁ!!」


…そう。梨沙は胸の話になると正気を失うのだ…。コンプレックスだから…。


私は知っている。過去に梨沙の胸のサイズのことをいじったのを一生後悔することになった人がいるということを…。


私は知っている。梨沙の胸のサイズに触れることは、即ち死を意味するということを…!


今だって、講義の直後だから結構な人数が周りにいる。すぐにフォローして、梨沙に正気を取り戻させなければ何をするか分かったものではない…。しかし…!


「くっ…フォローのしようがない…」


そう。だって実際にぺたんこだもの。ないもの。所謂まな板なんだもの。絶壁なんだもの。それをどうフォローしろと?


『大丈夫、胸は大きさじゃないよ』→『私よりデカい人が言うとそれはもうただの煽りなんだよぉ!!』


『十分だと思うよ』→『見え見えの嘘はやめろおおおお!!!』


『女は胸じゃないよ』→『女胸じゃないって!?死ねええええ!!』


『いくら事実とはいえこれは加瀬さんが悪いね』→『事実言うなしいいいい!!!』


『加瀬さんが悪いね』→『じゃあ早紀はどう思ってるの?』→詰み


『描き直してもらおっか』→!?!?!?



「ほら梨沙、加瀬さんに文句言って描き直してもらおう?ね?」

「…」


どうだ…!?


「…私に…」

「え?」

「この私にパッドを盛れと、そう言うのかああああああ!!!!」

「結局正解はないのかよ!!!!」


その後正気に戻った梨沙がめちゃくちゃ顔を赤面させてたのは言うまでもない。

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