第23話 有名人と言われましても

「…で、結局ほとんど眠れてないまま、と…」

「はい…ずっと画面凝視してたしトークやらなんやらで脳みそフル回転してたので明け方まで寝付けなかったし眼精疲労半端ないっす。梨沙、ちょっと肩揉んで」

「はいはいしょうがないなーもうー…ってなるとでも思ったかぁ!!」

「ぎゃああああ!!痛い!痛い!爪食い込んでるからぁぁ!!!」


なんと、一瞬にして私の背後に回り込んだ梨沙が思いっきり両手の爪を肩甲骨の隙間にぶっ刺してきたのだ!!!


「目は覚めたかい?」

「…おう、覚めたよ。死を覚悟するほどの激しい痛みのおかげでなぁ!!」


そう言って私はくるりと振り返り、梨沙に飛びかか―――


「おいお前らぁ!!話聞かないどころか邪魔するぐらいなら出てけ!!」


「「ごめんなさい…」」


忘れてた。今講義中だわ。






「なあ、ちょっといいか?」

「ん?なぁに?」


先ほどの講義が終わるや否や私に話しかけてきたのは、私の左の席に座っていた一人の男子生徒。

名前は…えーっと…確か…


「あ、俺松本浩二って言うんだけどさ」

「なんで名前覚えてないって分かった!?」

「初めて話しかけるから名乗っただけなんだけどその言い方ちょっと傷つくなぁ!?」


そっか。そりゃあ話すの初めてなんだったら名前なんか分からなくて当然だわな。ていうか初めて話す人相手にそんだけツッコめるの好感度高い。仲良くなれそうだ。


「それより、何の用?」

「ああ…これ、深山だよな?」


そう言って松本君が差し出してきたのは、彼のものと思われるスマホ。


はあ…どれだ?強盗のときのMeeTubeの動画か?シイッターか?それともVtuberの件か?



…しかし、私の予想はどれもハズレだった。



『先週未明、都内に住む19歳の女子大生が強盗の被害に遭ったカフェに偶然居合わせ、その犯人を確保したということで本日、◯◯署で感謝状の授与が行われました。こちらは、その時の映像です』


『こちら、◯◯署です。捕まった犯人が実は指名手配を受けていたということもあり、◯◯署には多くの報道陣が集まっています。

今、指名手配犯を確保した女子大生であります深山早紀さんが登場しました!前代未聞、現役の美人女子大生が凶悪犯を確保したという今回の事件。報道陣からも非常に大きな注目が集まっています!』


『えー、『感謝状 深山早紀殿。あなたは◯◯◯◯年◯月◯日、都内のカフェに於いて発生した強盗未遂事件を事前に食い止め、被害者、被害額を最小限に抑えた他、指名手配犯の確保に大きく尽力されました。その功労をたたえ、ここに記念品を添えて感謝の意を表します。亀月署署長 警視正 高畑雄作』。ありがとう』


『私はただ友達が怪我させられそうになったから守っただけですよ。こんな大層なものもらうようなことしてません』



『深山さん!ナイフを持った犯人を素手で撃退したというのは本当ですか!?』


『お友達というのは!』


『MeeTubeで最近バズってるこの動画、深山さんですか!?』


『芸能事務所なんかからのスカウトは!!』


『このカフェ、高級なことで有名ですがどうして行かれてたのでしょうか!』


『今後、芸能界への進出のご予定は!』


『えっと、本当です、っていうか蹴りですよ。流石にナイフ持った人に殴りかかったりしません。友達は私の大事な親友ってだけです。え、ちょっとその動画あとで見せて下さい。芸能事務所??そんなのありませんよ。カフェにはある人の奢りで連れて行ってもらってただけです。諸事情により芸能界には出ません。ていうか私なんかが出たところででしょう』


『…現場からは以上です!』


『コメンテーターの皆さん、この事件についてどうお考えですか?』


『いやー…素晴らしいですね。勇気ある行動で友人を守り、しかも謙虚で決して驕らない。この子のような若者が増えれば日本はもっとよくなるでしょうねぇ』


『しかもあの場で全く緊張した様子が見られない!普通は警察官とカメラに囲まれたら萎縮してしまうものですがね、あのメンタルは非常に素晴らしい!』


『その事件の一部始終が映ってる動画が今MeeTubeやらで拡散されてるんですがね、あの動きはなかなかできるもんじゃないですよ。普段から格闘技でも習ってるのかと思ったら完全に素人らしいじゃないですか!素晴らしい運動神経…』


「うおおおおおおお!!!今すぐ止めろぉぉ!!」


私は松本君の手からスマホをひったくって即座に動画の再生を停止させる。

恥ずかしいわぁ!!こんな番組が放送されてたことにも驚きだが、それよりこんなもんは本人に見せるべきじゃなかろうが!!


「あ、やっぱり!すごいじゃん!!もうすっかり有名人だよ!」

「有名人…とな…」

「ほら、これ」

「んん??」


松本君とは別の方向、即ち私の前の席から別の男子生徒の声が。


同時に目の前に差し出された雑誌を見ると、


『都内の美人女子大生、指名手配犯逮捕に大きく助力!!』


…との見出し。


もう嫌な予感しかしないが、一応開いて内容を確認―――


「ああああああああ!!」


―――しようとしたのだが、雑誌を一瞬開いてすぐに閉じて机に叩きつけ、私自身も羞恥に頬を染めて机に伏せることになった。


だって、開いたページのド真ん中に私の顔のアップがあったんだもん!こんなん見せられて平然としてられる奴は異常者だよ!!


…ていうかさ、こういうのって本人に無断で載せたりしていいの?

ああ…でもなぁ…『こんなブッサイクな顔でよければいくらでもどうぞ』的なこと言っちゃったよな…。それが多分『こんなブッサイクな顔でよければテレビだろうが雑誌だろうが好きなだけ載せて大丈夫ですよ』って無理やり解釈したんだろうなぁ…。しかも、なんでみんな揃いも揃って美人女子大生言うんや…。


うぅ…最悪だぁ…。

私はこう、もっと、穏やかな人生を…そう、爆弾を操る特殊能力持ってて手フェチのどこぞの殺人鬼さんのようにまるで植物のような平穏を求めてるだけなのに…。


「あ。そういえば私、今日の放課後に早紀のことでインタビュー受けるとかで呼び出されてるから先に帰るね」


そっか。じゃあ今日は梨沙がいないから一人で…


…。


……?


「いや、待てぇぇぇ!!」


さり気なく気配を消して帰ろうとする梨沙の腰辺りに後ろから抱きついて動きを封じる!


「な、何よ!私は早紀の素晴らしさを日本中に…」

「やっぱりなぁ!!そんなことは許さん!私と一緒に行くか断るかしなさいっ!!」

「やだ!離して!私はただ、早紀が注目浴びて恥ずかしそうにあたふたしてるところが見たいだけなんだぁ!!」

「そんなこと言われて離すアホがどこにいると!?」

「早紀は有名になりたくないの!?」

「なりたくねえよ!!」


Vの方でも謎に人気出ちゃってもうチャンネル登録者数10万人超えてるんだよぉ!!リアルの方でも有名になっちゃったら過労死…いや、恥死するわ!(?)


「…私はただ早紀のためになったらな…って思って恥ずかしいけどインタビューを受けようとしてるのに…。ひどいよ早紀……ぐすん」


そう言いながら梨沙は目尻の涙を拭う。可愛い。


「梨沙…」

「だから、ね?」

「さっき、『私はただ、早紀が注目浴びて恥ずかしそうにあたふたしてるところが見たいだけなんだぁ!!』って言ってたよね?」

「チッ」

「やっぱ演技かテメェェェ!!」


何故即座にそんな演技ができるんだ!?好きなときに涙流すとか、もはや役者の域なのでは??


「と、とにかく!インタビュー行くなら私も同伴!そうじゃなきゃ梨沙がインタビュー受けるなんて私は認めませんからねっ!」

「なんで最後急にお母さん口調?」

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