第19話 先輩の過去

宇天イナさんと金宝ユウカさんは二人とも、とても優秀で可愛いVtuberでした。


ユウカさんの関西弁のボケに対して、イナさんの鋭いツッコミが刺さるとコメント欄に大草原が形成され、二人のコラボとなるとシイッターのトレンドに載らないことの方が少なかったのです。

一期生三人でのコラボではメグさんとユウカさんが二人してボケ倒してまとめ役のイナさんを困らせたりと、非常に仲のいい三人だったのです。


メグさんを含めた三人はミラライブの一期生です。当然全くの無名な状態からのスタートですし、最初の方は視聴者数やチャンネル登録者数に伸び悩んで苦労した時期もありました。

それでも三人はなんとか乗り越え、ミラライブを『日本で一番勢いがある』と言わしめるまでに成長させました。


後輩である二期生も三人入ってきて、ミラライブの運営は完全に軌道に乗った……かのように思えました。


半年ほど前のある日、その事件は起こったのです。その日は、数少ないメグさんとユウカさんの二人でのオフコラボの日でした。


『お、スパチャありがとうなー!でもなぁ、ちーと少ないわ。もっとくれてもええんやでぐへ……いったぁ!!』


『はい、◯◯さんスパチャありです!ユウカ……リスナーさんの好意をなんだと思ってるんですか!?』


『むぅ……冗談やんか……』


『冗談に聞こえなかったんですけど』


『うぉう……メグちゃん怒った顔もかわええなぁ……』


『え?ちょ、いきなりそんな……ってごまかされませんよ!?スパチャくれたリスナーさんにちゃんと謝りなさい!』


『あれ、メグちゃん今日から真面目キャラでいくん?いっつもやったら『そんなはした金いらないでしょ?私にください』とか言うところやんか』


『声真似上手ぁ!?いや、ていうかそんなこと言いませんよ!何のためにVtuberやってるんですか!!』


『え、お金のためやけど?』


『え……?』


『じゃあ逆に聞くけど、メグちゃんは何のためにVtuberやってるん?まさか『観に来てくれるリスナーさんのためです〜』とか言わんよな?』


『それじゃダメなんですか……?』


『あらら、マジかいな。ウチは、お金稼ぎの手段として配信やってるんよ。もちろんウチのリスナーさんもそれを分かってて、その上でスパチャくれてんねん。ゆーたら、あんたがもらうスパチャはお小遣いでウチのスパチャはお給料やな』


『……そんな人だとは思いませんでした』


『じゃあどんな人や思ってたん?』


『お金なんて副産物に過ぎず、ただリスナーさんを笑わせることが目的で……リスナーさんの笑顔のために頑張ってるんだと……』


『はあ……ほんじゃメグちゃん、あんたはなんで収益もらってるん?副産物でしかないんやったらスパチャなんかいらんよな?ミラライブの方に行く金なんかあんたが有名になってミラライブの知名度上がってリスナーさんたちが他のライバーにも興味向くようになったら十分元取れるでな?』


『……』


『ほな、こうしよか。あんたが収益化停止させれるって言うんやったらウチはミラライブ抜けてフリーでやってくわ。こんな金に汚い女と一緒に仕事するんなんか嫌やもんな?』


『……った』


『は?』


『わかりましたよ!ああいいですよ。収益化なんか今すぐキャンセルしてやりますとも!』


『本気で言うてるん?』


『あなたが言ったんでしょうが!ほら、もう切りましたよ。今すぐ出ていってくださ――――』



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……とまあ、ことのあらましはこんな感じです。最後は、リスナー様から報告をいただいたうちのスタッフが強制的に配信停止してアーカイブも非公開にしたのですが……」


「いやいやいやいや、おかしいでしょ!?え、マジの話ですかこれ?」


「まじです」


いや……まじですじゃないんだよなぁ……。


「えっと……ここまでケンカが発展した原因とかって……」


「後で判明したのですが、ちょうど二人ともめちゃくちゃ体調悪かった上に配信前にやってたゲームでミスしまくってそもそも機嫌最悪だったとか……」


「いや、それなら配信自体休めよ!!」


高畑さんも加瀬さんもコクコクと頷いている。同意見らしい。


「えっと……それで、私はメグ先輩とユウカさん……ユウカ先輩を仲直りさせたらいいんですかね?」


「正確には、ユウカさんをミラライブに復帰させた上でメグさんの収益化を再開させてください」


「結構ハードなミッションですね!?」


「ちなみにこれに失敗すると君は我が社のVtuberをやめて、我が署に来てもらうことになる」


「なんでですかね!?」


「ちなみに引き受けなかった場合も同様だ」


「八方塞がりってやつじゃないですか!!!」


「まあ、仲直りさせればいいだけですから」


「それが難しいから今までずっとケンカしたまんまなんでしょうがぁ!!」


え、私を警察官にスカウトしたいがあまり並べ立てた嘘八百ってわけじゃないよね…?


「君は優秀だといつも聞いているからね。期待しているよ。あ、そろそろ次の業務が……」


そう言って私の肩を叩いて高畑さんが部屋を出ていく。


「えっと、頑張って下さい!」


そう言って加瀬さんが逃げるように部屋を出ていく。


「……めんどくさい」


部屋に一人残された私。力が抜け、机に突っ伏す。


ゴン!


おでこ打った。痛い。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……ってなことがあってさ……。お母さん、何かいい方法ない?」


行きと同じように後部座席のシートに深く座り、私は運転席でハンドルを握るお母さんに話しかける。


「要するに、ケンカしてる二人を仲直りさせろって話でしょ?簡単なことじゃない」


「え?何かいい方法でもあるの?」


「一回本気で殴り合えば……」


「はい!結構です!自分で考えますっ!!」


全くこの人は……。


「あ、そういえばさっき、お母さん昔暴走族だったって言ってたけど……」


「あ、帰りにデパート寄っていい?今日特売やってるらしいから。あ、ついでにどっかで適当にご飯食べてこっか」


「うん、わかった。それで……」


「あ、そういえば手持ちのお金ないや。先に銀行寄ってからでもいい?」


「うん。えっと」


「そういえば早紀、Vtuber?は順調なの?」


うおお……。全然訊かせてくれない……。


「あれ?お母さん配信観てないの?てっきり全部観てるものかと…」


「だって私が早紀なら親に配信観られるなんて絶対嫌だもん。『己の欲せざる所は人に施す勿れ』とかなんとかってどっかのお偉いさんが言ってたでしょ?」


「どっかのお偉いさんって…孔子でしょ?」


「そーそー!確かそんな名前のオッサンだったわ!だから、早紀の配信とやらは観ないの。わかった?」


「お気遣い感謝します……そーいやお母さんに配信中のことでなんか言われたら恥ずかしさで死ぬわ……」


「あ、でも大体叫んでるから下まで聞こえてるからね。楽しんでるようで何よりよ」


「台無しだよちくしょう!!」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「お母さんお金下ろしてくるからちょっと待っててね」


銀行に到着して駐車場に車を停めたお母さんが車を出て銀行に向かっていく。


……結局いいアイデアが全然浮かばない……。守銭奴……お金……銀行……銀行強盗……いやいや、なんでそうなる……。


……。


「あ」


いいこと思いついちゃった……。


私はスマホを取り出し、いつも仕事がめちゃくちゃ早いあの人に電話をかける。もはやそれが当たり前とでも言うかのように一回目のコール音が鳴るや否や「加瀬です」と聞こえてきた。


「もしもし加瀬さん?ちょっと教えてほしいことと、用意してもらいたいものがあるんですが…………ええ、その件です………はい、ではよろしくお願いします……」


作戦決行は今週の土曜日だ!

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