第18話 まさかあなたが…

「君に一つ提案なのだが…」

「はい?」

「将来、今の大学を卒業したら警察官や刑事になるつもりはないかね?君の運動神経や頭の回転の早さ、そしてその度胸は大切な国民を守るために大いに役立つと思うのだが」

「む、さっきやんわりと断ったのに」

「それでも、だよ。私の見立てでは、君は今の警察組織に必要な人材なんだよ。もしこの場でOKしてくれたら、来たるべき時には必要な過程をいくつか飛ばしてできるだけ早く現場に来られるように取り計らうつもりだ」


そう言うと高畑署長が私の顔をまっすぐに見つめてくる。

…いい年したオッサンとはいえこんなにまっすぐな目で見られると少し照れる―――とまでは言わないが、流石にこのスカウトが本気なんだってのは伝わってくる。


…でも。


「…すみません、私には今やりたいことがあるんです。すっごい充実してて楽しくて、多分人生で一番熱中できることの真っ最中なんです。もしかしたら将来大学卒業してからもその仕事続けていくかもっていうぐらいには」


せっかく有名大学に入ったのに卒業してからもVtuberで生計を立てていく自分なんて数日前には想像もできなかったが。


「――だから、今お返事はできません。もし今後、本当に刑事さんになりたいと思うようなことがあったらその時は普通に試験なりを受けて真っ当に昇進できるように頑張りますよ」


私も軽く笑ってからまっすぐ高畑さんの目を見つめ返して答える。

実際、今はVtuberとしての活動が楽しい。もし警察官になると約束してしまったら、大学卒業した時点で今の活動をやめなければいけなくなってしまうかも知れない。それは絶対に嫌だ。

何より、スカウトしてくれた加瀬さんや背中を押してくれた梨沙に面目が立たない。


そう答えた私に高畑さんは、


「…全く…加瀬君、君は素晴らしい人材を見つけたようだね」

「ありがとうございます、署長」


…。


……。


……は?


「あ、早紀さん、お久しぶりです」


そう言って物陰から姿を現したのは忘れるはずもないあのひと。私を拉致し、強盗と引き合わせた加瀬さんだ。


「あれ!?イメージおかしくないですか!?」

「だから、あんたはなんで私の心が読めるんですか…」


ていうか、待って。なんで加瀬さんと警察署長さんが知り合いなの?しかも加瀬さんが部下みたいな言い方だったけど…?


「ああ、こちらは高畑署長…っていうのは仮の姿で、ホントはミラライブの社長である高畑社長でーす!!」

「どうも、ミラライブの社長やってます、高畑です」

「…は?」


待て待て待て待て、いきなりのことすぎて全く理解が追いつかないんだけど!?


「とりあえず一つだけ。確か私の記憶が正しければ公務員の副業ってNGだったと思うんですが…」

「お、よく知ってるね。その点に関しては大丈夫、こっちが副業だから」

「およそ署長の口から飛び出していい言葉じゃないと思うんですが!?」

「あとね、世の中にはこんな言葉がある。『バレなきゃ犯罪じゃない』」

「それ、警察が一番言っちゃいけない言葉ですよ!?」


ああ…なぜ私はこんなにも冷静にツッコめているんだ…。最近おかしなことばっかり起きすぎて感覚が完全に麻痺してしまっている気がする…。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「えーっと…高畑さんはミラライブの社長でもある、と…。だから警察の力を利用して私のシイッターアカウントから本人を特定することができた、と…」

「「ザッツライト」」

「ツッコミどころ満載なんだけどなぁ!?」


一応、他の警察官にこんな話聞かれるとマズいので(主に高畑さんが)私達は適当な個室に場所を変えて話をしている。高畑さんと加瀬さん、対面に私が白い長方形のテーブルを挟んで座っている状態だ。


「はあ…まあ、とにかく理解はしました。納得はまだできてませんけどね」

「加瀬君の言う通り非常に理解が早い子だね。優秀な警察官になりそうだ」

「だから、今んとこ警察官になるつもりはないですからね!?」


なんで私の周りにはボケ担当しかいねぇんだ!!イナ先輩の心労がちょっと分かった気がする!


「はあ…それで、本題はなんですか?わざわざ場所を移して話してる以上、ただボケ倒して終わりなんて言わせませんよ?」

「驚いたね…。じゃあ、予想してみてくれ。なんで我々が君をここに呼んだか」


むぅ…難しい問題だなぁ…。


「…まず、恐らくこの部屋には特に意味はない。そして、個室に場所を移したということはミラライブ関係。そして、こうやってオフでしかできない指示ということは他の、もしくは特定のライバーには知られたくない内容。ここまでは合ってます?」

「あ、ああ…。正解だ」

「そして、加瀬さんだけじゃなくてわざわざ社長まで出てくるということは…ライバー同士のトラブルでもあったのでしょうか?しかもかなりセンシティブな」


ぶっちゃけ当たればいいやくらいのほとんど勘でしかない予想なのだが…。


「君、実はどこかの秘密組織にでも所属してるんじゃないか?」

「んんん?」

「大正解だよ。実はこちらの件についてなのだが…」


そう言って高畑さんが出してきたのは、二枚の書類。一つはミラライブの一期生である天使メグ先輩のプロフィール。まだ関わったことはないが、Vtuberになる前に予習していたのでこの書類に載っている内容なら大体は把握している。


「メグ先輩が何か…?」


実際に生配信を見たことはないのだが、アーカイブや切り抜きを見る限り誰かとトラブルを起こすような問題ある性格とは思えない。可愛いロリの天使アバター、本当に一人の人間かと思うほどの豊富な知識、そして何故かずっとボケ倒してコラボの度にイナ先輩を限界まで疲弊させるというギャップ。


ボケすぎて流石に疲れたイナ先輩がブチギレたとかなのかな…?


そう思って二枚目の書類を見るとそこには…


「『金宝きんぽうユウカ』?」


正直言って、聞いたことがない。


「すみません、知識不足で。この人もミラライブのVtuberなんですか?」

「正確には違う。Vtuberというのが正しい表現だな」

「だった?」

「この二人のプロフィールを見れば、君なら分かると思う」


ええ…そんなこと言われても…。


改めて二人のプロフィールを見比べる。


ユウカさんの方は肩に愛くるしい猫を乗せ、人懐っこそうな笑みを浮かべた少女。キャラが被っているなどの理由でケンカしたのではなさそうだ。


「えーっと…」


となると、ミラライブ脱退の辺りに問題があるのかな?見ると、半年ほど前に『ミラライブを脱退、フリーで活動開始』とある。


「ならこっちは…」


天使メグ先輩の方のプロフの半年前の辺りをチェックする。すると、ユウカさんが脱退した日に一つの記述が。

そこには…


「『収益化取りやめ』…?」


収益化というのはMeeTubeでお金を稼ぐためのほぼ唯一の手段と言っていい方法だ。再生された動画の広告費であったり、ライブ配信での視聴者からのスパチャ(投げ銭)を受け取るために必須なこと。というか、収益化申請をしていないと仕事としてライバーをやっている人たちはなんの収入もない。

もちろん収益化の申請にはいくつかの条件が必要だが、一期生の先輩ならその辺の条件も余裕で達成していることだろう。だって私でさえもうすぐ条件達成できそうなのだから。


となると…


「その、お金とか収益関係のことでトラブルがあったとかですか?」

「流石だな、その通りだ。加瀬君」

「はい、社長。実は半年前…」

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