第17話 感謝状

「…は?」


いや。おかしいでしょ。確かに強盗さん蹴飛ばしたよ。でもそれは梨沙が危険な目に遭いそうだったからで……うーん……お巡りさんからしたらそんなの関係ないもんな……。ただただ凶悪犯を勇気ある行動で捕まえた素晴らしい女子大生ってことになってるのかなぁ……。

てかなんで指名手配犯があんなマヌケな強盗してんだ……。


「ねえお母さん、こんなの届いてたんだけどどうしよう…」


一応お母さんにもその書類を見せる。


「この前早紀が警察のお世話になった件ね。よし、目一杯おめかしして行きましょう!」


「なんでそんなに飲み込み早いのかな!?」


「そりゃあ、あんなことしたら表彰されるに決まってるでしょ。え、まさか知らなかったの?」


「いや、普通に考えたら警察からの表彰なんてされること一生ないんだから考えもしないでしょ!!」


「……そう?お母さんも昔はよく警察にお呼ばれしてたわよ?」


「……マジ?」


「うん、お母さん昔暴走族だったから」


「まさかの捕まる方!?ていうか初耳なんだけど!?」


「その頃に出会ったのがあなたのお父さんで……って、こんな話は後でいいわね。さっさと出かける準備しましょう」


「めちゃくちゃ気になるんだけど!?」


結局お母さんにほっぺたにファンデーションを塗られ、薄ーくだけ口紅を塗られて出かけることになった。

おしゃれな服を…なんて言われて、どこから出してきたのか豪奢なドレスを着させられかけたが流石に気恥ずかしいので遠慮して一番お気に入りの黒いパーカーを着ていくことにした。

胸にSAKIの文字はないものの、狐舞サキのアバターとほぼ同じファッションである。


「むぅ……わが娘ながら美人すぎる……。早紀、お母さんと結婚しなさい」

「下らない冗談言ってないで早く車出してくれる!?お母さんが色々しようとしたせいで時間に間に合わなさそうなんだけど!?」

「はいはい」


11時まではあと20分。一応余裕で着く時間だが、もしかしたら渋滞に捕まってしまうかもしれない。しかも、警察署からの呼び出しなんて遅刻したらなんて言われるか……。


「あ、渋滞ね。こりゃ時間までに着かないかも」


「クソがああああ!!!!」


どう考えても女子大生の口から飛び出すべきではない暴言を吐きつつ、私は車を飛び出して歩道を全力で駆け出す。

車は全く動く気配がなく、目的地までの距離もさほどでもないのでダッシュでの十分間に合うと思ったが故の判断だ。



「はあ……はあ……づがれだ……」


全力疾走のまま警察署に駆け込む私。

受付の時計を見ると10:58。なんとか間に合ったようだ。

今日は比較的涼しい気候だったのが幸いして、めちゃくちゃ疲れはしたが汗は全くかいていない。せっかくお母さんに塗ってもらってたファンデーションが取れずに済んだようで何より。


「えっと……本日はどのようなご用件で……」


壁に手をついて荒く息をする私に、受付にいた婦警さんが心配そうに尋ねてくる。


「はあ……はあ……えっと、深山早紀っていいます。なんか、表彰するから来なさいと言われまして…」

「ああ!!深山様ですね!大変申し訳ありませんが渋滞の影響でテレビ局の方々が遅れているので感謝状の授与は20分後になります」

「そう……ですか……」


そっか……。時間ぴったりじゃなくてよかったんだ……



……ん?


「すみません、今なんと?」


「えっと、感謝状の授与式は20分後になります」


「じゃなくてその前」


「ああ!!深山様ですね!」


「よくもまあ初対面で漫才仕掛けられますね!?その間ですよ!」


「渋滞の影響でテレビ局の方々が遅れていて…」


「テレビ局!?」


「……?ええ、テレビで見たことありませんか?表彰される内容によってはテレビ局の人が取材に来るんですよ。お母様が了承くださっていたはずですが…」


うおおおおおおい!!お母さんマジかよ!知ってたんなら言えよ!……っていうか、だからおめかしさせようとしてたのか…。


「ちなみに、何社ぐらい……」


「えっと、指名手配を受けている凶悪犯を一般人が、しかも現役女子大生が確保したということでかなり注目が集まっているようですね。5社11番組来る予定だそうです」


「来すぎじゃない!?」


「前代未聞のことですし……ここだけの話、警察の上層部のほうでは深山さんを婦警にスカウトしようって話も出ていたくらいです」


「スカウト!?」


「……失礼ですが、もしかしてどこかで会ったことありますか……?なんか、声に聞き覚えが……」


「!?あ、き、気のせいじゃないですかね?警察のお世話になるようなことしたことありませんし?あははは…」


あっぶね。

声出しのやつ聞いたのかVの配信見てるのか知らないけどバレるところだったかも。

…まあ、バレたところでなんだけどね。


ていうか、この人どう考えても警察の態度じゃないよね!?



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「それでは深山様、お願いします」


「は、はい」


名前を呼ばれた私は、舞台?の袖から姿を現す。


途端、左側から滝のようなフラッシュを浴びせられた。


そちらを見ると、このために集められたのであろう数十人の整列した警察官とその後ろや横から私にカメラを向けるカメラマンが数名。その横にはマイクを持った人もいるので、この後インタビューなんかもあるのかもしれない。というかライブ中継でもしているのだろうか、既にマイクに向かって何やら言っている人も。

フラッシュやらの音で何を言ってるかは聞こえないが、唇の動きを見る感じ『前代未聞』とか『美人女子大生』とか言ってる。

……うん、後半は多分見間違いだろう。読唇術もうちょっと練習しよっと。


「こちらへ」


前を向き直すと、表彰状らしきものを持った偉そうなオッサンがいた。あ、別に態度が偉そうってわけじゃなくて見た目がね?目つきとか、ヒゲの感じとか。うん、だから睨まないで?おじさんかっこいいよ?


「えー、『感謝状 深山早紀殿。あなたは◯◯◯◯年◯月◯日、都内のカフェに於いて発生した強盗未遂事件を事前に食い止め、被害者、被害額を最小限に抑えた他、指名手配犯の確保に大きく尽力されました。その功労をたたえ、ここに記念品を添えて感謝の意を表します。亀月署署長 警視正 高畑雄作』。ありがとう」


わーっと拍手が。こういうときってどうしたらいいんだろう。


あ、受け取って、あなたと握手するのね。目で教えてくれてありがとう。でもできればもうちょっと優しい目つきだと嬉しいかな。傍から見たら睨まれてるようにしか見えん。あ、これが限界?ごめんって。


「私はただ友達が怪我させられそうになったから守っただけですよ。こんな大層なものもらうようなことしてません」


「……ふっ、君のような人間が警察官になったらこの組織も少しは変わるのかな」


「では、新人教育を頑張って下さい」


「ははっ、こりゃ手厳しい」


…あれ?これっていつまで続けりゃいいんだ?袖に捌けるタイミングがわからないんだけど?


「ああそうだ、これからテレビ局の人がインタビューしたいらしいんだが時間は大丈夫かね?もしアレだったらお引き取り願うが…」


「ああ、大丈夫ですよ。適当にしかおめかししてないブッサイクな顔でよければ…」


私がそう言った途端、端っこの方で静かに待機していたはずの取材陣がまるで獲物を見つけたとでもいうかのように押し寄せてきた!!


「深山さん!ナイフを持った犯人を素手で撃退したというのは本当ですか!?」


「お友達というのは!」


「MeeTubeで最近バズってるこの動画、深山さんですか!?」


「芸能事務所なんかからのスカウトは!!」


「このカフェ、高級なことで有名ですがどうして行かれてたのでしょうか!」


「今後、芸能界への進出のご予定は!」


多いわぁ!!私ゃ聖徳太子じゃないんやぞ!?


「えっと、本当です、っていうか蹴りですよ。流石にナイフ持った人に殴りかかったりしません。友達は私の大事な親友ってだけです。え、ちょっとその動画あとで見せて下さい。芸能事務所??そんなのありませんよ。カフェにはある人の奢りで連れて行ってもらってただけです。諸事情により芸能界には出ません。ていうか私なんかが出たところででしょう」



…と、ある程度答えたところで先程保留していたMeeTubeでバズっているとの動画を見せてもらう。


『きゃあああああああああああ!!!』

『うっせえよババア!』

『おい、誰も動くなよ!ちょっとでも動いたら次はこの女がこうなるからな!』

『ああ!?動くなっつっただろうが!』

『あんた今、梨沙に何向けたよ。めっちゃ怯えてるじゃんか』

『私の大事な梨沙こんなに怯えさせて…。ねえ、今すぐ降伏するなら警察に突き出すだけで許してあげるけどどうする?』

『はっ、大事なお友達が人質になりそうだから私激おこですよ〜ってか?黙れや!ここで引くわけ無いだr…ぐ、がっ!?』

『えーい!』


…。


「はい、私です…」


うおおおおお!!誰だ、こんなの撮ってたの!!

…この画角…確かあの席に座ってたのはずーっとイチャついてた若いカップルだったなぁ!!散々見せつけて他の客をイラつかせるだけじゃ飽き足らず、こんなん撮って上げるとかマジかよお前らああああ!!しかも動画にところどころ「きゃっ」とか「俺が守ってやる」とかの声が入ってるのがなおさらムカつく。


「えっと、何か格闘技を?」


「普段からケンカしてるんですか!」


「随分と手慣れているようでしたが…」


んんん??なんか質問の方向性が…。


「いえ、格闘技なんて生まれてこの方習ったことありませんよ。ケンカなんて小学生のとき以来です。手慣れてません。ほとんど本で身につけた知識ですよ…」


「はいはいはいはい、インタビューはここまで!!速やかにお帰り下さい!!」


変な空気を察した署長さんが、レポーターさんたちを押しのけると共に私を舞台袖まで誘導してくれた。


「あいつらは話題なりそうなネタならなんでもいいからね、付け入る隙を見せたらその時点で負けだよ」


そうか……。多分、一部の人は私を暴力的なイメージに仕立て上げようとしてたのかも……。おぅ……マスコミってのは恐ろしいのね……。

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