第15話 馴れ初め ①

「ふう…さて、アレは本気なの?」


このままだとまともな配信になる気がしなかったし本来の目的であるカラオケコラボも終わっていたので私は配信を切ってから隣に座るマイカちゃんに尋ねた。

アレとはもちろんさっきの告白のことである。


「本気…っていうか惚れたのは事実だけどそこまで迷惑かけるつもりはないよ。さっきは配信中だったからちょっと悪ノリしすぎたっていうのもある。ごめんね?」

「うん、あれぐらいなら全然大丈夫だよ。視聴者さんも喜んでくれてたみたいだし私もいきなりだったからちょっとびっくりしちゃっただけ」

「え、じゃあこれからもオフコラボしてくれる?」

「当たり前じゃん!舞香ちゃん歌上手いからまた生で聞きたいしね!」


あ、ちなみにマイカちゃんは本名も舞香ちゃんなんだそう。辻本舞香。さっき配信前に教えてもらった。


「むぅ…早紀ちゃんに言われてもあんま嬉しくない…」

「なんでよ!?」

「なんでもないですぅ〜」

「えぇ…なんでもありそうな言い方しないでよ…」


と、そこでもう何度目かもわからない『あと10分でお時間ですが延長なさいますか?』のフロントコールが。

もちろんこれ以上延長する理由もないので「もう出ます」とだけ伝える。


「あ、そういえば」


舞香ちゃんが何かを思い出したといった声を上げた。


「さっきさ、去り際にあいつになんか言ってたよね?なんて言ってたの?」


あいつとは、レイプ魔(未遂だが)のことだろう。コラボしようって話になっていたので警察に通報してまた事情聴取やらなんやらで時間取られるのが嫌だったので去り際に二言三言囁いて放置してきたのだ。


「あー…聞く?」

「うん」

「『次同じようなことしたら顎なんかじゃなくてその股間にぶら下がってる粗末なもん蹴り潰すから覚悟してろよ❤』って」

「ハートつけたぐらいでごまかせると思ってるのかな!?女の私でも股間がヒュンッとしたよ!?」


うーん…ああいう奴のアレは一つくらい潰しておいた方が世のためだと思うんだけどなぁ…。


「早紀ちゃん」

「ん?」

「二回も助けてくれてありがとね」

「貸しだからね。利子はトイチだから早めの返済を推奨」

「そこはかっこよく『どういたしまして』って言ってほしかったなぁ!!」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「それじゃ、また今度ね!」

「ばいばーい!」


カラオケ店を出ると、外はもうすっかり暗くなってしまっていた。カラオケ店のある駅前は居酒屋やコンビニの灯りに照らされ、もう既に酔っ払っているオッサンも何人かいた。土曜のこんなに早い時間から飲み歩いて、奥さんにドヤされたりしないのだろうか。


…まあ、お母さんに無断でこんな時間までほっつき歩いてる時点で私も人のこと言えないけどね。

恐らく時間は7時か8時か…いずれにせよもうかなり遅い時間だ。一応大学生になったことで門限なんかは取っ払われたのだが、やっぱり遅くなるときは事前に連絡寄越せとは言われている。

もしかしたら梨沙が伝えてくれてるかもだけど…はあ、帰るの憂鬱だなぁ…。


ていうか、こんな時間になるまで遊ぶような仲いい友達が梨沙以外にできるなんて思わなかったな。


そんなことを考える私が思い出すのは、梨沙と初めて会ったときのことだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



―――当時の私は…なんというか、擦れていた。中二病、とそう言ったほうが正しいのかもしれない。とにかく、梨沙と出会う前のことなど二度と思い出したくないとだけ言っておこう。


「深山さん。ここ教えてくれない?」

「え?」


高校一年生の頃。当時の私はTHE・陰キャって感じで誰にも話しかけず、誰にも話しかけられずにいた。髪も大して整えずに学校に行っていたし、制服がない学校だったので3、4着の服をずっと着回したりで、見た目やらには完全に無頓着だった。

休み時間には自分の机に座って難しい本ばかり読んでいて話しかけるなオーラを全身から出していたし、部活は一応バスケ部に入ってはいたが誰とも話さなかったのに誰よりもバスケ自体は上手かったので正直ほとんどの部員に嫌われていたと思う。


必要なこと以外では誰にも話しかけず、誰にも話しかけられない。まあ、それでも十分楽しかったしこのままでもいいと思っていたのだが…。

そんな日常を壊したのが梨沙だった。

梨沙はいつも明るくて当時の私とはまさに対極にいる存在。陰と陽、光と影。まさにそういった表現が正しいと思う。


「どうして私に?」

「いやー…この前テストの結果返されたじゃん?そんときに深山さんのやつ見えちゃってさぁ…全部めっちゃいい成績だもん!びっくりしたよ」

「ふーん…覗いたんだ」


今の私では絶対に考えられないくらい冷たく梨沙にそう返した私は後ろの席に座っていた梨沙の方から体を背けて再び本の世界に没頭し始めた…のだが、


「ごめんって!どうしてもわからないところがあってさ、お願い!ちょっとだけでいいから!」

「…。……。…はあー…どこ?」

「うおっ…めんどくせえって顔してる…」

「それ分かってんのに話しかけてくる?」

「あ、ごめんって。えっとね、ここなんだけど」

「ここってことはなんでこの式からこうなるのかわからないってことでしょ?なら簡単。これを代入してこことここと計算するからこの式がこう変形するの。わかった?」

「すごい…まだ何も言ってないのに…」

「もういい?」

「あ、うん」


…正直言って今となっては思い出すだけで恥ずかしくて死にたくなるくらいゴミみたいな態度。っていうか私が梨沙なら迷わずぶん殴ってる。


…しかも、そうやって梨沙に話しかけられるのがちょっと嬉しかったのだからなおさらだ。




「「「ありがとうございましたー!!」」」


部活が終わって帰ろうとしたときのこと。


「お、深山さん!一緒に帰ろ!」

「山本さん…?なんでいるの?」

「そんな嫌悪感むき出しの言い方しないでよ。さっきのお礼も兼ねてお茶でもどうかなーって」

「じゃなくて、あなた吹奏楽部でしょ?今日は練習なかったはずだけど」

「あれ!?なんで私が吹奏楽部入ってることも今日練習なかったことも知ってるのかな!?」

「なんでって言われても…知ってるからとしか」

「じゃあ私の担当楽器は何でしょう!」

「…。…チューバ?」

「え!?なんで分かるの!?」

「腕の筋肉の付き方、手の形…後は企業秘密ね」

「むぅ…はいはい、あなたと一緒に帰るために健気に待ってたんですよ。図書室で勉強しながらね」


そう言って梨沙が見せてきたのは数学のワーク。


「それ…」

「そう!みや…早紀のお陰で詰まってた問題サクッと解けたの!ありがとう!」

「…どういたしまして。それじゃ」

「ちょ、ちょっと!一緒に帰ろうよ!」

「なんで?」

「なんでって…友達になりたいから」

「私はそうは思わないんだけど?」

「嘘だ」

「え?」

「ホントに私のこと鬱陶しいと思ってるなら無視してさっさと帰ればいいのにそうしないでこうやって無駄話に付き合ってくれてる時点であなたは私を嫌ってはいない!むしろ好意を持っている!」

「その自信はどこから湧いてくるんだか…」

「ということで、ほら!一緒に帰ろ!」


そう言って梨沙は満面の笑みで私に手を差し出してきた。


「はあ…降参」


私はその手を握って、私達は二人一緒に校門を出た。

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