第4話 まっまぁ

その後私は、改めて加瀬さんが提示した契約書に『とりあえず一度やってみてから続けるかどうか決める』という条件を追加してサインをし、ひとまず家に帰ることにした…のだが。


「警察です!強盗が現れたとの通報がありました…が…」


カフェの入り口付近にパトカーが停車し、警察官が三人出てきた。

その瞬間、私の頭に『過剰防衛』『傷害罪』『後遺症』『慰謝料』などのワードが出てきたのは言うまでもない。


…嗚呼、私は家に帰れるのだろうか…。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「はい、じゃあもうあんな危険なことはしないようにね」

「あ…はい、ご迷惑をおかけしました」

「家までパトカーで送ろうか?」

「あー…いえ、結構です。パトカー帰宅なんかしたらお母さんが心臓発作で倒れちゃいそう」


私の最悪の予想に反して、パトカーで連れ去られてからあったのは軽い事情聴取のみ。あいつにはなんの後遺症もなかったこと、あとは他のお客さんが証言してくれたことが功を奏したようだ。

しかしながら、梨沙はまだ軽くパニックになっており、私が事情聴取を終えて警察署を出たときには別のお巡りさんが既に家に連れて行った後のよう。


「はあ…梨沙大丈夫かなぁ…」


心配になった私は、すっかり暗くなった帰り道を歩きながらスマホを取り出して梨沙にRINEを送ろうとする。

しかし、それより先に梨沙のほうから『大丈夫?さっきは取り乱してごめんね…(´・ω・`)』というメッセージが来ていた。


「ふふっ、かわいいかよ」


心配かけてしまったとはいえ、こんなにかわいい梨沙を守った自分の行動はやっぱり正しかったんだと思いつつ、誰に言うでもなく呟いたその言葉はもちろん誰の耳に届くこともなく夜の闇に消えていった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「えっと…相変わらず仕事がお早い…」


これは、目の前に積まれた段ボール…ではなく、そこから少し覗いている色々な機械を見た私の言である。




遡ること数分前。


「ただいま〜」


すっかり遅い帰宅になってはしまったが、警察の方から電話で事情を説明してくれていたらしいのでそれに関して怒られることはない…はず。でも、やっぱり一つ問題はあって…。


「おいゴルァ!!ナイフ持った奴とケンカしたって聞いたぞ!?どういうことじゃあ!」


…この、帰ってきた私を玄関で待ち構えておっさんみたいな口調で私を怒鳴りつけてるのは私のお母さん。私のことを心配してくれてるのは伝わってくるけど、やっぱりちょっと怖い。


「あー…お巡りさんも言ってたと思うけどカフェに強盗さんが来て、梨沙を人質に取ろうとしたの。そんで、むかっときてぽかっとしただけだから。うん。ところで今日の晩ごはんは何?」

「今日はお母さんお手製のハンバーグ…って、そういうことじゃないでしょ!怪我したらどうすんのよ!」

「うん、だから悪かったってば…。実際怪我してないし、これからはもうしないから、ね?」

「…ほんとに?もう変なことに首突っ込んだりしないわね?」

「うん、もちろんー!信じてよ!あーお腹すいた〜」


ふう、思ったより短いお説教で済みそう…


「ところで、あんた宛にいくつか荷物が届いてたんだけどどういうこと?なんかネットで注文でもしたの?」

「ほえ?そんなことしてないけど…あ、もしかして」

「…何か隠してることあるならさっさと吐きなさい」

「うおっ…取り調べのお巡りさんもびっくりのドスの効いた声…。ちょ、ちょっと確認してくるから!」


嫌な予感…というかほぼ確信しつつもそう言って私はお母さんから逃げるように二階の自分の部屋に向かって階段を駆け上がる。


そして自分の部屋のドアを開けて…



今に至るのである。


目の前にある段ボールに入っているのはデスクトップ型のPCの大きなスクリーンや、配信のためだろうか、マイクやヘッドホンなんかも。

話がまとまってから用意したにしてはどう考えても早すぎる。大方、私がOKするという前提で機材の用意なんかも進めていたのだろう。


「それで?何するつもりなの?」

「ひっ!」


気配を消して背後に立つのほんとにやめてほしい!


「えーっとね…今日、Vtuberとやらにスカウトされまして…面白そうだったので受けてみたというわけです…。あ、もちろん駄目って言うならすぐ断りの電話入れるしこの機材なんかも担当の人がくれたみたいだけど全部送り返すから、うん!」

「…。まあ、別に良いんじゃない?」

「ふぁっ?」


え?今なんて言った?自分の娘がVtuberやるって話を承諾したってこと?嘘でしょ?こんなに理解ある母親だったっけ?


「…これ…最新機種のPC…数十万…?他のも全部合わせたら7桁に届きそう…?」

「えーっと…お母さん?」


…どうやら自分の娘が何やるかってことよりもこの高価な機材をタダで手に入れることの方が重要なようだ。


「早紀!最近のあんたはなにかに熱中するってことがなかったわね!お母さんVtuber?のことはよく分からないけど、早紀がそれで頑張るって言うんなら邪魔はしないわ!思う存分やりなさい!」

「本音は?」

「このPC前から欲しかったやつだからちょっと使わせてちょうだい」

「正直でよろしい!!」

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