第3話 強盗さん
「あのー…他のお客様もいますのでもう少々お静かに願えますか…?」
…おっと、話に集中しすぎて周りが見えていなかったようだ。
「あ、すみません…。ん?あ、後ろ」
「え?」
咄嗟に店員さんに謝る私だが、店員さんの後ろに違和感を覚えて警告する。
私が不審に思った通りそこにいたのは…
「動くな」
「えっ…?」
真っ黒なロングコートに身を包んだ高身長の男性。フードのせいで顔が判別できないが、声の感じからして恐らく30歳くらいだろうか…?
店員さんの背後から首元に刃渡り30cmほどのナイフを当てている。
「え?あ、や、きゃあああああああああああ!!!」
「うっせえよババア!」
ザシュッ!
彼女はやっと自分の身に何が起きようとしているのか理解したようで咄嗟につんざくばかりの叫び声を上げた。すると、なんとその男は躊躇する素振りすら感じさせず人質に取ったはずの店員さんを切りつけたのだ。
あまり血は出ていなかったので幸い首辺りの大事な血管などは傷つけられていないようだが、恐怖のあまり叫び声を上げて気絶した女性と明らかに異質な風貌の男の姿は平和ボケした店内を恐怖の渦に叩き込むのには十分すぎた。
「おい、誰も動くなよ!ちょっとでも動いたら次はこの女がこうなるからな!」
男は、自分の存在に気づいた従業員と客に向かって、ナイフを梨沙の方に、そしてナイフを持っていない左手を気絶して倒れている女性に向けてそう言い放った。次の人質は梨沙だ、という意味だろう。
もともと上流階級の人間が多く、民度が高い店なようで叫んだり逃げ出したりなどの愚行に走る人間は誰一人としていなかったため、男の脅迫はしっかりと意味を為したように思えた。
しかし。
「…おい、お前」
「ああ!?動くなっつっただろうが!」
「ちょ、早紀!」
…それは私にだけは通じなかった。私は素早く席を立ち、梨沙を守るようにその男との間に割って入る。
「てめえ、死にてえのか?」
「それは私のセリフかなぁ。あんた今、梨沙に何向けたよ。めっちゃ怯えてるじゃんか」
私は、苛ついたような声で私に話しかけてくる男に敵意を隠すつもりもなくそう言い放った。
正直言ってこの男がこの店に何をしようと私の知ったこっちゃない。顔も隠していて、店員さんも軽傷で済ましている以上、惨劇を作り出してこの店を血の海に…なんてつもりはなさそうだからだ。恐らく金銭目的の強盗。しかも銀行なんかには行かない小心者だ。
しかし、当然ながらナイフを持った男を前にしてこんなに冷静な分析ができる人なんてそうそういないだろう。実際、加瀬さんも緊張からか顔がこわばっているし梨沙は今にも泣きそうな表情をしている。
それを改めて認識したとき、私の中で改めて怒りが爆発した。
「私の大事な親友こんなに怯えさせて…。ねえ、今すぐ降伏するなら警察に突き出すだけで許してあげるけどどうする?」
「はっ、大事なお友達が人質になりそうだから私激おこですよ〜ってか?黙れや!ここで引くわけ無いだr…ぐ、がっ!?」
私は、男の聞くに値しない言葉をもちろん最後まで聞くことなく奴に攻撃を仕掛けていた。
もちろんか弱い女子大生である私にケンカの経験なんてあるはずもないので、今まで観てきたドラマや漫画なんかの戦闘シーンを思い出す。
まず、タイマンに於いて敵だけが武器を持っているというのは純粋にディスアドバンテージでしかない。本気の殺し合いであればこちらも武器を用意するのもセオリーの一つだが、こちらの目的はあくまで制圧なので相手から武器を奪うことを最優先とする。
なので、私は奴が油断してペラペラ喋ってる間にナイフを蹴り飛ばした。
怪我したら困るので手は使わない。そして、大事なのはナイフの刃先ではなく持っている手、もしくは手首を蹴ること。
よくわからないが、多分ナイフを弾かれそうになったらそれに反発して強く握るのが普通。なので、ナイフを蹴り飛ばすというよりは手を離させてそのままの勢いで弾くイメージ。
どれだけ油断してたんだ?って感じだが私の思惑通りナイフを取り落した男は、未だに何が起こったのかわからないという表情をしているのでさらに追撃。
か弱い女子大生である私でも、どこを攻撃されたら痛いかぐらいは知っている。
顔面、喉、鳩尾、そしてあまり触れたくないが金的といったところだろう。所謂正中線というやつだ。
しかし、ケンカ慣れしていない私では恐らく拳ではダメージを与えるのに不十分。なので蹴りでの攻撃になるわけだがそんなに身体が柔らかいわけでもないので喉なんかに届く自信がない。
よって、ナイフを蹴り飛ばした勢いそのままに一回転、そして上体を倒してバランスを取りながら男の鳩尾に爪先をねじ込んだ。
「んぐっ!?ぐ…かはっ…」
男が数メートル後ろに下がったことから、ダメージは十分だったことが窺える。いくら弱い攻撃だったとしても、油断しているときに急所にクリーンヒットすると思いの外ダメージが入るものだ。
「て、め…ぶっこ…ろ…」
「えーい!」
腹をおさえながらフードの中でもわかるギラギラした目つきをこちらに向けてくる男。その眼差しには先程までは全くなかった殺意が垣間見えたような気がした。
しかしそんな隙だらけの相手を見逃すはずもなく、腹部を押さえて身体がくの字型に折れ曲がって位置が低くなった顔面に追撃で蹴りを入れる。
まあ、俗に言うヤクザキックってやつに近いのかな?目を潰したりしてしまったら色々面倒くさそうなので、しっかりと額を狙ってドーン。
「…」
脳震盪でも起こしたのか、ひっくり返って気絶した男はもう起き上がってくることはなく、近くにいた人がすぐに我に返って警察に通報してくれているようなのでこの後の心配もないだろう。
ということで私は梨沙と加瀬さんが待つ席に戻ってピースサインを掲げ…
「ぶい!」
人生でほぼ初のケンカ(?)の勝利報告をするのだった。
「ぶい!じゃねえよバカあああああああああああ!!!」
「ぴゃんっ!?」
今さっき身を挺して凶悪犯から守ったはずの梨沙が私のお腹にものすごい勢いでタックルしてきたのだ!
…しかも、スポーツなんかやったことないはずなのにラグビー選手かってぐらいの綺麗で痛いタックル…。
「な、なんで…」
しかし、私の疑問はすぐに解決することになる。
「…うっ…ひぐっ、早紀のぉ…ばかぁ…」
「…?梨沙、泣いてるの?大丈夫、あいつはやっつけたよ?」
「そうじゃないでしょおぉぉ…」
…どうしたんだろう。もしかしてあの一瞬でこんなにもトラウマになるくらい怖かったのかな?
それだったらあんなんじゃ生温い。警察が来る前にもっと痛めつけて…
「ちょっといいですか?」
私が顔を上げ、未だぐったりしている犯人の方をキッと睨むと我慢できないとでも言うかのように加瀬さんが口を開いた。
「早紀さんは、梨沙さんが傷つけられると思ったから怒ったんでしょう?梨沙さんもそれと一緒だと思いますよ。早紀さんが自分をかばったせいで怪我しちゃうんじゃないかって思ったんではないでしょうか?」
「ひぐっ…うぅ…」
私にすがりついて泣いている梨沙の様子を見るに、加瀬さんが言ったことは正解のようだ。私を想う梨沙の気持ちを最優先にするべきだったと今更になって少し後悔した。
「大丈夫だよ。私が梨沙を置いてどっかいくなんてことないし、第一あんな奴に負けないy」
「そうじゃないってばああああああ!!」
「あべし!?」
何を思ったのか、突然私を押し倒してくる梨沙。
えっちょ、どっかでレスリングでも習ってたん?ってぐらい綺麗だったんだけど?
「うわあああああん!!」
…。そうだね。私が梨沙を想ってるのと同じくらい梨沙も私のことを心配してくれてたってことなんだね。
「…うん、心配かけてごめんね」
そう理解した私は、梨沙が泣き止むまでその頭を優しく撫でてあげるのだった。
「サキリサてぇてぇ」
一瞬加瀬さんが何か言っているのが聞こえたが、よく分からなかったので無視することにした。
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