第2話 拉致られた
「うわあ…多分あれだよね…?」
そういって私が指差す先には一台の黒塗りのえげつなく高そうな車。そしてその車にもたれて辺りをキョロキョロと見渡している痩身の女性。
「うん。私が勧めといてなんだけど、ヤバげじゃない?」
「そうだね。そんじゃこっそり帰っちゃおっか…」
「うん、そうしよっか」
そう言って二人で帰ろうとしたのも束の間、
「いや、全部聞こえてますからね!?」
「ひっ!?」
「あ、やっぱりサキさんですね?ここで立ち話もなんなのでどっか喫茶店にでも行きましょう!」
「え?あ、ちょ、引っ張らないで!行きます!行きますからぁ!」
「わー。早紀が誘拐されちゃうー。私もついて行かなきゃー」
「梨沙!?なんでそうなる!?」
バタン。
スポーツ経験の豊富さゆえにそれなりに筋肉には自信がある方だが、必死の抵抗も虚しく一瞬にして車に連れ込まれてしまった。なんとなくだけど多分拉致慣れしている人の動きだ。知らんけど。
「ねえ、加瀬さん。力強すぎない?これでも私、高校時代はバスケでインハイ行ってたんですよ?」
「存じ上げておりますよ。私も、『見込みある女の子を拉致する選手権』のトロフィー持ってますから」
「絶対嘘だよね!?」
いきなり誘拐されたわけだが、一応は危ない人じゃなさそうな雰囲気を感じる。梨沙に至っては車に乗ってすぐスマホをいじってるので問題なさそう。ていうかすげえ度胸だな、おい。
にしてもどうやら私のことを随分と調べ上げているらしい。どこかに情報提供者でもいるのかな……?
「……そーいやなんで梨沙も来たの?」
「ほえ?だって早紀がミラライブのVtuberになるんでしょ?絶対ついてったほうが面白いじゃん?」
「いや、誰がなるって言ったよ…」
「なってもらいますからね?」
「いや、だからなんでそこに強制力が生じてるんですかね!?」
梨沙が乗り気な理由はいつもの彼女の性格通り『その方が面白そうだから』だろうが、加瀬さんは今日初めて会ったにも関わらずなんとしても私をミラライブのVtuberにスカウトしたいようだ。
ホントに、なんでだ…?
私ぐらいフォロワーが多い人なんてシイッターにはゴロゴロいるだろうし、別に何か特筆する長所があるわけでもない。
例えばどっかの配信アプリですごい才能を発揮したとか、めっちゃゲームが上手とか…。もちろん配信なんてしたことないし、するつもりもなかったのだが…。
ゲームなんて嗜む程度にしかやっていない。それが目的でスカウトするならもっと他にもいるだろう。ていうかそもそも、なんでVtuber?私とVtuberの接点なんて無いに等しいのだが…。
なんて感じに色々と考えてる間に私達を乗せた車は加瀬さんの目的地に着いたようで緩やかに停車した。
車窓から外を見てみれば、そこはそこそこ有名なお高めのお上品なカフェだった。
噂では、コーヒー一杯だけで英世が飛んでいくとかパフェ一つで一葉さんが飛んでいくとか…。
「えっと…私達こんなところに来るような上級国民じゃないんですが…」
そんな贅沢するお金もないし私達なんかがこんなところに入るなんて恐れ多いと思ったので加瀬さんに進言するが…
「ああ、大丈夫ですよ。支払いはどうせ経費で落ちるのでお二人は値段の心配なんてしないでください。ついでに私も普段じゃ絶対食べれないもの食べるつもりですしね」
加瀬さんはこれから仕事という名目で食べる予定のスイーツに期待を膨らませてニヤニヤしていた。
しかし気づいた。気づいてしまった。この人、後で『金払ってやってんだからこっちの要求も聞けよ!?オォウ!?』って言うつもりだ、と…。
「いや、そんなつもりじゃありませんよ!?」
なっ…!まさか心が…!?
「なんでそんなにわかりやすいリアクションするのよ…。さすがに私でも早紀が何考えてるかわかるけど…?」
「むっ。一応これでもポーカーフェイスの上手さには定評あるのよ?」
「はいはいワロスワロス」
「絶対信じてない!!」
なーんて漫才をしているといつの間にか車外に出た加瀬さんが私達の乗っている後部座席のドアを開けながらニコニコしていた。
「そんな腹黒い意図はないので。とりあえず行きましょう?ね?」
あっこれ拒否権ないやつじゃん。
あっそーいや車に乗った時点で手遅れだわ、うん。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「うわあ…この飾り一つだけでも私の命より高そう…」
「ナチュラルに自分の価値と比べないで?」
梨沙がそう言いながら指差したのは天井からぶら下がってるオシャレな飾りの一つ。金色の螺旋状の装飾が、冷房の風を受けてくるくると回っている。あれだけでもめっちゃ高そう。
「ご注文はお決まりですか?」
これまた一従業員とは思えないくらい綺麗で高そうな制服を着た店員さんがお冷を置きながらそう尋ねてきた。
「では私はエスプレッソとショートケーキを」
「え、えっとじゃあ私は紅茶とチーズケーキで」
「んとねー、ロイヤルミルクティーと各種ケーキ盛り合わせお願いします」
「よくそんな明らか高そうなもん注文できるね!?」
「だって経費で落ちるんでしょ?あと、早紀もよくそんな大声でツッコミなんかできるね。周りの目とか気にならないの?」
「え?あっ………」
「かわいいかよ」
周りの客の目が自分に集まってるのに気づいて思わず赤面して顔を伏せてしまう。加瀬さんが何か言っていたが聞こえない。聞こえないったら聞こえない。
「それで、なんで早紀にスカウトを?」
おもむろに梨沙が加瀬さんの方を向いてずっと疑問に思っていたことを尋ねる。
「そうですね。色々な理由があってのスカウトなのですが、まずはこれを見てもらうのが早いかと」
そう言って加瀬さんが取り出したのは薄型のノートPC。大学の友人が最新機種だと自慢していた物と同型だ。
「ああ、別に最新機種の自慢がしたいわけじゃないですよ?見てほしい…というか聞いてほしいのはこれです」
そう言うと加瀬さんは両耳につけるタイプのワイヤレスイヤホンを私達に一つずつ渡してきた。どうやらもう私の心の声が筒抜けなのはデフォルトらしい。
そう諦めて加瀬さんから渡されたそれをそれぞれ耳につけると加瀬さんは何やら動画を再生し…
『えっと。フォロワーの皆さん!SAKIをフォローしてくれてありがとうございます!私なんかがフォロワー1万人達成できたのはひとえに皆さんのお陰です!えっと…みんな、大好きだよっ///えへへ…やっぱ恥ずかしいな…。と、とにかく、不束者ですがこれからもよろしくおねがいしますっ!ずーっと仲良くしてくださいね!あーもう恥ずかしい!ばいばーい!!』
「…」
「惚れた」
「それな」
「ああああああああああああああああああああ!!!!!」
嫌でも覚えている!確かこれを撮ったのが半年ほど前。フォロワーさん1万人記念で何かしてほしいことはあるかと聞いたところ、一位が顔出しで二位が声出しだったので録音したやつだ。(流石に顔出しはNGだったので)
上げた途端に鬼のように再生&拡散されてまたたく間にバズったので怖くなってずっと通知を切っていたのだ。
だから今の今まで完全に忘れていた。ていうか半年も前のシイートを今更引っ張り出してくるなんて…。どうせ長く見積もっても一週間もすれば話題性なくなるってのに…。
「別に引っ張り出して来たわけではないですよ?だって今もまだリシイート増え続けてますから」
「…は?」
「ほら」
私は加瀬さんの言葉が信じられなかったが、加瀬さんがこちらに向けた画面を見て嫌でも理解することになった。
SAKI @Saki_37564
初めての声出しです…。ゲスボ恥ずかしいのでできるだけ聞かないでください…(。>﹏<。)
🔈
250.6万回再生
🗯821 🔄12.8万 👍42.9万
「250万再生!?待って、無理、シイ消しする」
「梨沙さん!止めてください!」
「御意!」
「な、何をする!私は自分の黒歴史を消したいだけなのに!」
今すぐ消さなくては…!これ以上私の痴態が広められるのは我慢ならん!
しかし、シイッターを開いて急いでスクロールしている途中で梨沙にスマホを奪われ、私達の対面に座っている加瀬さんに熟練のバスケットボール選手かの如く綺麗にパスされてしまった。
あんたらなんでそんなに連携できてるんだよ…。
「じゃなくて!消させてください!恥ずかしいです!」
「ていうかあんた、これがゲスボとか黒歴史とか正気?普段から聞いてるから感覚が麻痺してたけど、改めて聞くとマジでトップの配信者やってますって言われても納得レベルのカワボとあざとさなんだけど?」
「それな」
「どこがじゃあ!ていうか、半年前に録音した自分の声聞かせられるとかいう拷問そうそうないよ!?」
「うーん…早紀がVtuberになったら面白そうと思って勧めたけどこりゃもしかしたらマジでトップ取れるかもしれん…」
「それな」
「人の話を聞けぇ!ていうか仮に声がよかったとしてもそれだけで有名になれるほど甘い世界じゃないんじゃないかな!うん!あと加瀬さん!『それな』以外にもなんか喋れ!」
「梨沙さん。基本的にVtuberに必要なのは魅力的な声、トークスキル、滑舌、面白さ、度胸、メンタルの強さ、配信に於ける知識と技術、あとは一応ゲームプレイの上手さや体力、運動神経、料理なんかもできるとポイント高いですね。この中に、早紀さんに欠けてるものってありますか?」
加瀬さんがそう聞くやいなや、
「ありません」
きっぱり言ったよおい!
「いやいやいやいや、ほら、私あんまりゲームとかしたことないしさ!ね?」
「そこは別にできなくてもいいんじゃない?…あ、でもそーいや昔、半年ぐらいやり込んだゲームで対戦して初見プレイのあんたにボッコボコにされて号泣した男子がいるって聞いたけど?」
「…高校の頃のことじゃないですかーやだなーもうー…」
「ということでうちの早紀をよろしくおねがいします」
「はい、喜んで。ということでこちらの契約書にサインを…」
「しませんよ!?まだやるとは一言も言ってませんからね!?」
せめてもの抵抗。
実は正直言ってこの時点ですでに『ちょっとぐらいやってみてもいいかな?』と思い始めてたりするので本当に形だけの抵抗だが。
「そ、そうだ!私、度胸ないんですよ!ほら、配信なんかしたら小鳥の心臓が爆裂しますよ!」
「はいはい」
「もはや聞いてねえ!」
「あのー…他のお客様もいますのでもう少々お静かに願えますか…?」
夢中になってぎゃーぎゃー騒いでいると見かねた店員さんから声をかけられてしまう。
…おっと、話に集中しすぎて周りが見えていなかったようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます