第392話 深夜の恋人たち
「ふう。これにて一件落着ね」
王宮の回廊へと出てきたリブ・テンヴィーは緊張を解きほぐすように背伸びをする。右手に見える中庭には噴水と花壇があったが、日付をまたいだ遅い時間ということもあって人気もなく静まり返っているだけだった。
「今夜のきみは実によく頑張っていた」
すぐ後ろからついてきたセドリック・タリウスに苦労をねぎらわれて、
「陛下にも褒められちゃったわ」
女占い師は微笑みでもって答えた。マズカ帝国による「見えない侵略」が打ち砕かれたについて、国王スコットは良いとも悪いとも意見を表明しなかったが(「平和条約」に躍起になっていた彼自身が微妙な立場にあったからかもしれない)、大陸各国のリーダーから送られた親書を携えてきたリブに対して、
「今後の友好につながる」
とひとかたならぬ感謝の意を示してきたのだ。失敗をくじけることなく世界の安定に努力していこうとする若い君主の姿は夜中に集められた家臣たちの胸を打ち、「この方を支えていこう」という敬意を改めて持たせてもいた。
「王様にとっても今回の一件はいい勉強になったはずよ。真面目で純粋なだけでは悪党に付け込まれてしまうから、もっとしたたかにならなくっちゃね」
小鳥がさえずるように楽しげにつぶやいた才媛に、
「きみみたいなタフな女性にそう言われてしまっては陛下も立つ瀬がない」
タリウス伯爵は力なく笑うしかない。今夜王宮に来る前に恋人の頼みを聞いて新聞社まで号外を受け取りに行かされたのだ。まだ結婚する前から東奔西走している有様なのだから、一緒に暮らすようになったら目の回る毎日を送ることになるのは既に決定事項になっていた。めくるめく至福の生活を想像して気が遠くなる思いを早くも味わっていた好男子に、
「あら、伯爵様は強い女の子はお嫌い?」
リブは肩をぶつけてきた。まるで痛みのない快いだけの衝撃を受け止めて、
「さあ、どうだろう。強すぎて美しすぎて賢すぎる女の子ならかなり好みだが。初めて出会った3歳の頃からずっと『この子と結婚したい』とそればかりを考えていた」
「あら、とても素敵なお話ね。わたしが3歳の頃に初めて会った男の子は、びーびー泣いてきれいなお母さんに甘えてばかりだったから、『なんだこの弱虫』っていうのがその子の第一印象だったけど」
「そんなことはないだろう! そこまでひどくはなかったはずだ!」
とは言ったものの、おそらく事実に違いないのはなんとなくわかっていた。記憶力のいい恋人を持つのも楽ではないらしい。恥ずかしい過去を暴露されて狼狽するセドリックの真っ赤になった頬を、
「まあまあ、いいじゃないの」
リブが右手で優しく触れて、
「あのときの泣き虫坊やも、今はこうしてとても素敵になっているんだから」
愛情をこめて見つめ返すと、金髪の青年の憤りはあっという間に消え去って彼女への恋心しか残らなくなる。国家の中枢にいるのも忘れて二人だけの世界に没入しつつあったリブとセドリックの耳に、
「えへん、えへん」
可愛らしい咳払いが聞こえてきた。振り返るとセイジア・タリウスが腕を組んで仁王立ちしているのが見えた。長い間苦しめられた宰相ジムニー・ファンタンゴをやっつけたというのに仏頂面をしているのは何故だろうか。
「あら、セイ。あなたもご苦労だったわね。国境から駆けつけてきて疲れたんじゃないの?」
リブにいたわられてもセイは難しい顔を崩さずに、
「いや、わたしのことはどうでもいいんだ。やるべき役目を果たしたまでだ」
王国の危機を救った功績も彼女にとっては取るに足らないものらしく、
「それよりも何よりも」
だん! と足を踏み鳴らしてセイは兄と親友を指さす。
「2人がいつの間にそんなに仲良くなったのか、その理由をまだ聞いていないぞ」
絶対に説明してもらうからな、とポニーテールの女騎士は闘志を剥き出しにして叫んだ。
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