第390話 相手が悪い(その3)

「小心な者ほど大袈裟な言葉で自らを飾り立てようとするものだ。『死ぬ』だの『殺す』だの、軽々しく言うのは感心しない」

ジムニー・ファンタンゴに向けられたセイジア・タリウスの落ち着いた物言いに、女騎士が普段は表に出していない理知的な一面を見たような気がして、人々は感心させられたが、

「もしわたしが本気で殺すつもりだったら、この広間に入った時点で即座におまえの頭を胴体から切り離しているが、そうはなっていないだろう? だから、今のところは安心していい」

などとちっとも安心できないことを言い放ったので、セイが「死の天使」という異名を持っているのを誰もが思い出さずにはいられなかった。限りなく可愛らしく底なしに恐ろしい、それがセイジア・タリウスという女子なのだ。それに加えて、「今のところは」と言ったのは、いずれ殺すつもりにならないとも限らない、という留保をつけたとも受け取れて、さっきまで駄々をこねていた宰相は身も凍る恐怖に押し黙るしかなかった。所詮はその程度の覚悟しかなかった、ということなのだろうが。

「確かに、ヴァルからおまえが黒幕だと聞かされたときはぶちぎれそうになったのは事実だがな。我欲にとらわれてわたしだけでなく多くの人間の運命を狂わせた外道を放置してはいられない、と思って都までやってきたわけだが」

鎧の胸当ての上で腕を組んだ「金色の戦乙女」は、

「ただ、実際こいつの顔を見て『あれ?』と思ったんだ。正直言って気が抜けてしまったのさ。こんな青瓢箪ごときに本気になるのも馬鹿馬鹿しい、ってね」

ナーガ・リュウケイビッチが生み出した忌まわしい仇名が定着しつつあるのにファンタンゴがかっとなり、

「目上の者への敬意を欠いたその態度、貴様が罷免されるように仕向けたのは正解だった。無礼極まる山猿め」

と吐き捨てたのに、

「人を人とも思っていないのはあなたの方でしょう、ジムニー・ファンタンゴ」

リブ・テンヴィーが割って入る。「天敵」の再登場に思わず身を震わせた政治家に、

「わたしにはちょっとした特技があって、出会った人の運命が見えたりするのだけど」

白のブラウスと黒のロングスカートを身に着けた美女は、

「もちろん、あなたの行く末だってお見通しよ、宰相閣下」

にこりともせずに常識から外れたことをいってのける。

「世迷言を言うな。この詐欺師が」

「嘘だと思いたければご自由になさればいいけど、結末はどうあっても変わらないわ」

男の激昂をひらりと身軽にかわしたリブは、

「あなたは好き勝手にやりすぎたのよ。悪の限りを尽くし、人の恨みを買えるだけ買った。そんな不届き者が幸福に包まれて一生を終えられるわけがないじゃない。セイがやらなくても他の誰かが手を下すかもしれないし、そうでなくても勝手に高転びして自滅するかもしれない」

女占い師のゆっくりと渦を巻く紫の瞳が宰相をがんじがらめに縛りつける。

「あなたには逃れようのない悲惨な最期が用意されている。いずれ来る破局を震えながら待つといいわ」

リブ・テンヴィーの赤い唇から漏れ出た一言一句は真に迫っていて、巫女の肉体を借りて地上に顕現した神の発した言葉であるかのように居合わせた人々は感じずにはいられなかったが、

「あれは予言じゃなくて呪いなんじゃねえのか?」

「リブさんならそれくらいはやりかねませんね」

特殊な能力を持たないシーザー・レオンハルトとアリエル・フィッツシモンズにもファンタンゴの暗黒の未来がまざまざと見えるかのように思われてならなかった。

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