第374話 国境線上の秘闘(その8)
激しく旋回する「魔神の大槌」を懸命に操りながらも、トール・ゴルディオは自らの勝利を信じて疑わなかった。「魔神旋風」は決して破られることのない無敵の必殺技なのだ。いかにあの老人が強かろうと、荒れ狂う鉄の顎から逃れるのもガードするのも不可能に決まっている。もちろん、死の暴風からまっしぐらに遁走されれば倒すことはかなわないが、
(それも無理だ)
と鉄鯱騎士団団長は見切っていた。現在地は左右に高い木々が立ち並んだ狭い山道であり、元来た道を南へと引き返すのが唯一の逃走路なのだが、そこへ行こうとすれば仲間たちを必然的に巻き込むことになり、いかにも武人らしいたたずまいの老爺がそのような手段を取るとも思えなかった。つまり、彼に用意された結末は「死」ただひとつであったのだが、
(まあいい)
だが、トールに焦りはなく、敵の肉体が熟しすぎた果実のように圧壊するまでこの鋼の巨獣を暴れさせるまでのことだ、とより一層集中しかけたそのとき、
「がっ!」
トール・ゴルディオは苦痛に呻いた。後頭部と背中に突然激しいショックを受け、視界は白一色に染まり、肺から全ての空気が飛び出て呼吸が出来なくなる。
(え?)
数秒の後、機能を回復した若き騎士の眼球がとらえたのは、木立によって切り取られた狭い夜空だった。いつの間にか仰向けに倒れてしまったのだ。すると、先程の衝撃は地面に激突したせいなのか、と通常時の半分程度にしか働かない頭でどうにか考えようとする。
「トール様!」
ビリジアナの悲痛な叫び声は、ぐわんぐわん、と晩鐘のように鳴り響く耳鳴りのおかげでよく聞き取れない。「魔神の大槌」の操作を誤って墜落してしまったのか? と考えてから「それはない」とすぐに否定する。勝負が掛かった大事な場面でしくじるようなやわな鍛え方はしていない、という自負が若者にはあった。それに加えて、
(攻撃された)
という直感もあった。ただ単に落下したにしてはダメージがありすぎた。いかなる方法なのか想像もつかないが(わかっていれば当然防いでいた)、何者かがタイミングを見計らったうえでトールの動きを止めて痛撃を喰らわせたのだ。いや、「何者か」などとぼかす必要はなく、
「なかなか面白い見世物ではあったが」
髪も髭も白い騎士がゆっくりと近づいてくる。そして、
「その程度の技ではわしには届かん」
老将の眼帯で隠されていない左目に宿るほのかな光を見た瞬間に、トール・ゴルディオは勝敗が決したことを、おのれが敗北した事実を思い知らされていた。
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