第363話 老兵、立ちはだかる(その4)
闇の奥からぞろぞろと見るも恐ろしげな姿をした数十人もの男たちがゆっくりと歩み寄ってきたのに「ひい」と誰かが呻いたのをトールは耳にした。生者を喰らわんとする幽鬼の群れか、と詩的な想像力を思わず発揮した若き騎士の耳に、
「ひどいじゃないですか、大将」
集団の先頭に立つ男が鉄鯱騎士団と対峙している老人の背中に呼び掛けた。彼もまた年老いていて、腰が曲がったおかげで小柄なトールよりもさらに背が低くなっていたが、小さく黒い瞳がらんらんと輝いているのが遠目からもわかって、魂はなおも若々しさを保っているようだと見当がついた。
「おれらをほったらかしにして一人でさっさと行っちまって。おいてけぼりなんてあんまりだ」
そうだそうだ、と他の連中からも同意の声とブーイングが飛ぶが、
「ついてくるな、と言うたはずだ」
一人馬にまたがる白髪白髯隻眼の戦士はまるで意に介さなかった。帝国の軍団に孤軍で立ち向かうことこそが彼の本意だったのだろう。だが、
「おれらも大将と一緒に戦いたいんですよ。後生ですからこっちの話を聞いて下さいよ」
痛切な願いに哀れを催したのか、大柄な老人は前を見つめたまま口を閉ざす。それを許可と受け取ったのか、「ありがてえ」と小柄な老人は顔のあちらこちらにまばらに生えた霜のように光る無精髭をなでさすってから話を切り出そうとする。一方、
(一体何が起こっている? なんなんだあの連中は? 東方で言うところの百鬼夜行か?)
突然命じられた王国行きの途中で出くわした乱入者だけでもいっぱいいっぱいだったのに、さらに現れた謎の集団によってトールのキャパシティーは完全にオーバーしてしまう。
「おそらく、かつてあのお方と共に戦われた仲間たちなのでしょうね」
そんな未熟な騎士を救ったのは頼りになるメイドのビリジアナだった。
「仲間だと?」
やや冷静さを取り戻したトールを愛おしげに見つめた侍女は、
「ごらんください。あちらのみなさんは準備を整えてからここまでいらっしゃったようです」
闇の中でほのかに光る細く白い指先が前方を指さす。美しい家来の説明をいまひとつ理解できぬまま(彼が愚かなのではなく彼女が賢すぎたのだ)、その指し示す方をじっと見つめたトール・ゴルディオが数秒の後に、
「あっ!」
と思わず叫んだのは、世にも奇妙な光景が広がっているのに気づいたからであった。
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