第364話 老兵、立ちはだかる(その5)
(やつらは騎士だ)
突如現れた男たちを仔細に観察したトール・ゴルディオはそのように判断する。彼らが全員装甲で身体を覆っているだけでなく思い思いの得物でもって武装していたからだ。とはいえ、それらの鎧はどれも一昔いや二昔前に流行ったモデルで離れていても大きな傷やへこみがあるのが見て取れた。継ぎが当たっているのはまだマシな方で、矢が突き抜けたとおぼしき穴を放置している者も珍しくなく、兜の代わりのつもりなのか鍋をかぶっているやつまでいたほどだが、当の本人は真剣な顔をしているのでふざけているわけでもないらしい。さらには手に取った剣にしても槍にしても、赤錆の浮いた刃こぼれのした骨董品めいたものが大半を占めていた。つまるところ、一般の兵士にしてみれば「もっと真面目にやれ」と怒りたくなるような不心得者の集まり、としか傍目には思えなかったのだが、鉄鯱騎士団を率いる若者が笑う気に全くなれなかったのは、装備は不完全であっても彼らの肉体そのものから鬼気迫るものを感じ取っていたからに他ならなかった。潰れた鼻、ちぎれた耳、脚を引きずる者、腕が片方ない者、よくよく見れば五体満足な人間の方が少ないくらいで、そのいずれの傷も例外なく戦いの最中に負ったのだということは、年齢が足りずに先の大戦に間に合わなかった貴公子でも理解できた。南から来た男たちは一番若くても50歳を下らぬものと思われ、出征するには年を取りすぎていた。ある者は痩せすぎ別のある者は太りすぎていたが、不格好な身体を一皮剥けば往年のヴェテラン兵がたちまち甦ってくるはずで、彼らと相対しているうちにトールはおのれが本格的な闘争を通過していないことを、すなわち本物の戦士になるために何かしらを欠いたままここまで来てしまったのではないか、と普段はどうにか隠しおおせているつもりの劣等感を刺激された気がした。しかし、ひよわな性根を思い悩む青年をよそに事態は着々と進んでいく。
「わしはおまえらのためを思って、帰るように申しつけたのだが」
男たちから「大将」と呼ばれた白髪頭の戦士が空を仰いで嘆息すると、
「あんたみたいなお偉い将軍様にはおれら一兵卒の気持ちなんてわかりやしねえのさ」
いかにも如才なさげな短軀の老人がにやにや笑いながらツッコミを入れる。
「相も変わらず小癪なやつめ。命令不服従で営倉に放り込まれても文句は言えんぞ」
「へっ。おれはもう軍人じゃねえんだ。今更あんたの言うことを聞く義理なんてねえ」
内容だけを受け取ればいかにも剣呑なやりとりではあったが、2人の表情は見るからに楽しげで、確たる信頼関係があればこそ何でも言い合えるのだろう。
「ああ、そうなんだよなあ」
それまで元気だった小男がみるみるしょぼくれたかと思うと、
「今のおれは軍人じゃねえんだよなあ」
自ら発した言葉をくりかえして、せつなげに溜息をついた。
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