第362話 老兵、立ちはだかる(その3)

「ご老人、そちらこそ当方を見くびっておられるのではないか?」

相手を威圧すべく必要以上に声を張ったつもりのトール・ゴルディオだったが、少し離れて佇む矍鑠たる白髪の戦士は身じろぎもせずに、

「ほう? その心は?」

低く響く声で訊き返してきた。謎かけのような返事をユーモラスに感じるゆとりもない若い騎士は、えへんえへん、とわざとらしく咳払いをしてから、

「なるほど、貴殿がかなりの力量を備えているのは明らかで、先達として敬意を払うのはやぶさかではないが」

ぐっ、と重い装甲を装着した上半身を馬上で反らして、

「見て分からぬようだからはっきり言ってやるが、わが鉄鯱騎士団は100人を下らぬ大人数だ。それにひきかえ、貴殿はたったひとりではないか。いかに強かろうと単身で軍団に挑もうとするのはとても勇敢とは言えない。ただの愚行というべきだ」

トールは我を押し通そうとしたわけではなく、単に客観的な事実を告げただけのつもりだった。痛い目に遭うとわかりきっているのだから喧嘩を売るのはこの辺でやめておいた方がいい、と脳味噌がきちんと機能しているかも定かではないじいさんに次代を担う若人の代表として物事の道理というやつを説いてみせたつもりでもあった。とはいうものの、相手が納得して引き下がってくれるとはあまり思ってもいなかった。もちろん平和裏に解決してくれることが最も望ましいに決まっていたが、なにしろ敵は瘋癲老人なのだ。最初から最後までこちらに迷惑をかけまくるのだろう、と諦めの境地に到達しかけていた。

(お遊びはこの辺にして、早く出発せねば)

じいさんがまだごちゃごちゃ粘るようならさっさと取り囲んで始末してしまおう、とトールは生産ラインを気にする工場長顔負けの冷静さで計算していたのだが、

「まさしくそのことよ」

意外なことに老人は若い騎士の言葉に大きく頷いて深く溜息をついたではないか。

「え? なんだって?」

思わず素っ頓狂な声を上げたトールに、

「お主の言う通り、こちらの人数が問題なのだ。といっても、わしが気にしているのはお主とは逆で、ということなのだがな」

話の中身を理解できずに戸惑う青年に向かって、ぎらり、と老戦士の隻眼が闇に光り、その閃きを目にした者は等しく身も凍る思いを味わう。

「わしを見くびるな、ともう一度言わせて貰おうか、若いの。たかだか1対100で勝ったつもりになるなど10年、いや100年早いわ。わしがお主の年齢だった頃に一騎当千などというものはとうに通り過ぎておるのだ。そんな他愛のない話をこの真夜中に聞かされてもますます眠くなるだけよ」

片腹痛いわ、とうそぶく男をとんでもない法螺吹きだと笑い飛ばしてしまいたかったが、トール・ゴルディオにはそれはできなかった。この老人は嘘を言っていない、百人力を誇る強さだ、と騎士の道を歩く者として直感していたからだ。

(この爺さん、一体何者なんだ?)

これほどの強者と不運にも出くわす偶然があるとは思えなかった。奴はこちらを待ち伏せしていたに違いない。でもどうして、一体何のために? と混乱の淵に足をとられかけていた鉄鯱騎士団のリーダーは、老戦士の背後で何者かがうごめいているのに気づけずにいた。

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