第343話 真相(その4)

セドリック・タリウスの話は続く。

「その後、妹セイジアの婚約は先方から破棄され、わたしは妹を勘当しました。タリウス家の名を汚した妹に腹を立てていたこともあったのですが、宰相閣下の威光を恐れたがゆえにそのような処分に及んだのもまた事実です。今にして思えば、我が身の狭量さと臆病さにいたたまれない気持ちになるのですが」

身中に溜まったやるせなさを吐き出すかのように溜息をついて、

「ただ、この件に関してわたしは妹をただひたすらに悪く思っていたわけではありません。先程も申し上げた通り、妹が婚約することになっていたキャンセル公爵は実に見下げ果てた男であり、そのような者と親戚にならずに済んでよかった、という考えは確かにありましたし、キャンセル家を追い出された妹が都まで出て騒動を巻き起こしているとの噂を聞いて、年頃の娘らしくおしとやかにできないのか、と頭が痛くなりましたが、それでも無事でいるのか、と安堵したのも事実です。いかなる理由があるにせよ、たったひとりの妹を憎んで嫌い続けるのは無理があった、と今になってみればわかるのですが」

伯爵の表情が一段と暗くなって、

「今年が明けて早々に、またもや宰相閣下に王宮まで呼ばれました。出向いてみると、わが妹が貴族の身分でありながら平民に混じって暮らしているのは風紀上好ましくないので、実家で引き取るように、そしてなるべく都より遠方で生活させるように、と言われました」

聴衆がかすかにどよめいたのは、ジムニー・ファンタンゴからの「お達し」が異例のものだったからだろうか。

「閣下の命じられたことでしたが、それをそのまま受け入れることはわたしにはできませんでした。既に勘当しているセイジアを当家で引き取るいわれはないこと、それに『風紀上好ましくない』というのであれば、規則にのっとってしかるべき法的な処分を下せばいいだけのことで、わたしがやるべき筋合いではなく、こそこそと隠れてやるのはどうかと思います、と抗弁しました」

セドリックは身体をかすかに震わせて、

「すると閣下は『逆らうようであればタリウス家を取り潰す』という旨を長時間にわたって主張されて、到底反対できない立場へとわたしを追いやりました」

妹と同じ青い瞳に皮肉めいた光を浮かべて、

「このようにわたしが申せば、『そんなつもりはない』と閣下は否定されるでしょう。なるほど、明確に恫喝と取られる発言をしたわけではないのは間違いなく、仮に訴え出たとしてもわたしが勝てる見込みはほとんどないでしょう。しかし、遠回しでありながら、聞く者に『そのようにしか受け取れない』と思い込ませる論法は実に見事なもので、ジムニー・ファンタンゴは王国一の雄弁家だ、という評判は間違っていなかった、と身をもって思い知らされました」

何人かの官僚が目を固く閉ざしたのは、彼らもまた宰相の巧みな弁舌に苦い思いをさせられた経験があるからに違いなかった。

「格好をつけるわけではないのですが、わたし一人ならどうなっても構いません。貴族として生まれついた者として常に覚悟はしているつもりです。しかし、先祖から受け継いできたタリウス家をわたしの代で断絶させることは、尊敬する先代タリウス伯爵、わたしの父の名誉を汚すことだけはどうしてもできなかった。だから、やむを得ずセイジアをタリウス家の領地がある東の国境近くの僻地にまで行かせたのです」

セドリックはもう一度息をついて、

「その結果、タリウス家が不利を蒙ることはありませんでした。家を守れたのは当主としては喜ぶことなのでしょうが、その代償として妹の身を差し出したわたしは人の道から外れてしまったと言わざるを得ません」

父と亡き母にどうして顔向けできましょうか、とつぶやいた消え入りそうな声には取り返しのつかない行為を悔やむ気持ちと肉親への深い思いが入り交じり、夜更けの宮廷に臨む人々の胸に長く降りしきる秋の雨にように染み入っていく。

(兄上もつらかったのだ)

セイは強く唇を噛みしめた。ジンバ村を訪れた兄からジムニー・ファンタンゴの暗躍について既に知らされてはいたが、自らの身の上に大きく関わる出来事とあって再び耳にしてまたしてもショックを受けずにはいられなかった。辺境へと行くように命じに来たセドリックの態度が必要以上に刺々しかった理由も今なら分かる。騎士になるために家を飛び出した妹を嫌いながらも(その後誤解は解けたのだが)、彼は肉親の情を失ってはおらず、伯爵としての役目と兄としての愛情に引き裂かれそうになっていたのだろう。

(母上の言われたことは正しかった)

時間は掛かってもセドリックは必ずわかってくれる、とセイを諭した母セシルがこの世を去って長い時が過ぎた。だが、肉体が失われたとしても決して滅びない思いがある、と女騎士は信じ、自らもまたそんな思いのままに大切な人たちを愛していきたい、と強く願っていた。そして、

(よくもわたしの兄上を苦しめたな。この青瓢箪め)

おのれの手を汚すことなく人の心を操って卑しい欲望を果たそうとする輩にセイジア・タリウスはかなり腹を立てていた。




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