第342話 真相(その3)

「そもそも、セイに暇を与えるというのは、陛下御自身が発案されたのですか? それをお聞かせ願いたいのです」

リブ・テンヴィーの鋭い声に国王スコットは虚を突かれたように一瞬きょとんとしてから、

「いや、タリウスの身の処し方は余が思いついたのではない。それは」

と途中で口を噤んで、麗しの貴婦人から目を逸らして別の方向を見た。

「ああ、やはりそういうことだったのですか」

王の反応から自らの推測が的中していたのを確信しながら、リブはアステラを統べる青年の視線の先にいる人物を冷ややかに見つめた。

「セイに騎士を辞めさせようとしたのは、あなたの考えだったのですね、宰相閣下」

女占い師に睨まれてもジムニー・ファンタンゴはみじろぎもせず顔色も変えなかった。辣腕政治家はこの展開になるのを予測済みだったのかもしれない。

「リボン・アマカリーとか言ったな」

色素の薄い瞳から無機質な光を発しながらリブを見て、

「何かあらぬことを邪推しているようだが、わたしにやましいところは何一つない。確かにタリウスの件はわたしが具申したが、先程陛下も仰られたように、それはひとえにあの者の身を案ずればこそやったことだ。自分の立場をわきまえるがいい、痴れ者め」

語気を強めて威圧しようとするが、

「あなたの方こそ、立場をわきまえた方がいいわよ。ジムニー・ファンタンゴさん」

リブ・テンヴィーが全く怯んだ様子を見せないのに居合わせた人たちは驚愕する。宰相に恫喝されて震え上がらぬ者はこの王宮にいないというのに、この美女はどれだけ強い心臓を持っているのか。

「貴様、下らぬいちゃもんをつけると今すぐ退出させるぞ」

ファンタンゴが大声を出してもリブは余裕を崩さずに、

「いちゃもんかどうかは、あなたじゃなくてみんなが判断することじゃないかしら」

と言いながらすぐ隣に立つセドリック・タリウスの肩に触れて、

「こっちには証人もいることだしね」

満面の笑みを浮かべる。

「証人、とはどういうことか?」

流れについて行けずに目を白黒させる国王に笑いそうになりながら、

「セディ、あなたが直接話すべきよ。あなたならきっとやれるわ」

愛する女性の励ましにタリウス伯爵は無尽蔵の勇気を与えられたかのように視界が明るくなるのを感じた。何があろうと彼女がそばにいてくれさえすれば、それだけで自分は誰よりも強くなれる、と信じることができた。

「それでは、お話させていただきます」

セドリック・タリウスは意を決して胸を張る。端正な外見と優秀な才能を持ちながら、精神的に脆さがあって肝心な場面で力を発揮できない、と妹と比較されて低く評価されてきた若者が一人の戦士として成長し始めようとしていた。

「2年以上前になりますが、わたしは宰相閣下から呼び出しを受けて王宮まで参上しました。当時のわたしは伯爵家の経営に追われる毎日を送っていて、閣下とはお目にかかったこともお話したこともなかったので、いかなる事情があってのことか不安に思いながら領地から急いで都まで駆け付けたのですが」

ハンサムな青年はいったん言葉を切って、

「閣下がいつも職務を執られている部屋に入るなり、『おまえの妹を騎士の身分から解放して結婚させることにした』と告げられました。妹セイジアは騎士になるために実家を出奔して、わたしとしては縁を切ったものと思い込んでいたので、『あいつのことは煮るなり焼くなりどうぞ好きになさってくれたらいい』と返事をしたのですが、『実家であるタリウス家から縁談を持ち寄った形にするのが望ましい』と言われたので、煩わしいことだと思いながらも、宰相閣下に逆らえるはずもない、と引き受けることにしたのです」

セドリックは金色の眉をひそめて、

「繰り返しになりますが、そのときのわたしは妹とは縁を切って、もう家族ではないと決めつけていました。勝手に家を出て行った挙句にまだ迷惑をかけるのか、と腹立たしくてならず、そのような者がどうなろうと知ったことではない、と思っていたのですが、ひとつだけ気になる点がありました。それは妹が結婚することとなった相手です」

「確か、おまえの妹はキャンセル公爵と婚約したのであったな」

国王は自らの記憶を確かめながらタリウス伯爵に訊ねた。キャンセル家は王国発祥以来長く続いてきた名家で、過去には何人もの重臣を輩出するなど、最強の女騎士の嫁ぎ先として申し分のない家柄だ、と王国の長たる青年は考えていたのだが、

「しかし、現当主は実に見下げ果てた人物です。飲む・打つ・買うをはじめとした悪徳に手を染め、公爵家に莫大な負債をもたらしたろくでもない男だ、という悪評を、この国では誰一人知らぬ者はありません」

でも、たったひとりだけ知らない人がいたみたいね、とリブは王の顔が青白くなっているのを見ながら溜息をついた。カーニー・キャンセルの本性を見抜けずに結婚を祝福していた人なら「平和条約」に乗っかって王国を滅ぼしかけても当然なのかも、と思ってしまう。

「いくら嫌っている妹とはいえ、そのようなごくつぶしとめあわせるのはいかがなものかと思い、『他に相手はいないのですか?』と閣下に意見したのですが、『キャンセル家と結びつけばタリウス家の今後の繁栄は疑いない』と言われて、それ以上反対することはできなくなりました。そのお言葉には、この結婚が上手く行かなければわがタリウス家の繁栄はない、という意味が含まれているのは明白で、逆らうわけにはいかないのはすぐにわかりましたから」

セドリック・タリウスは権力者からかけられたプレッシャーを思い出したかのように苦しげに顔を曇らせた。


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