第344話 真相(その5)

セイジア・タリウスは兄が苦しめられたことについて激しく憤っていたが、この場には彼女よりもさらに怒っている女性が一人いた。

「つくづく馬鹿な真似をしたものね、ジムニー・ファンタンゴ」

柳眉を逆立てたリブ・テンヴィーが王国の宰相をきつく睨みつけていた。抑えのきかなくなった感情はその人を醜く見せるものだが、波瀾万丈の日々を送ってきた占い師はその例にあてはまらないらしく、顔に上った熱い血は彼女をさらに鮮やかに彩っているように思われた。

「わたしの何処が馬鹿だというのだ?」

なまじ賢かったために「馬鹿」と言われ慣れていない政治家が色をなして言い返すと、

「だって、あなたのやったことって中途半端だとしか言いようがないんだもの」

リブは火照った頬を冷まそうとするかのように扇をパタパタと自分をあおいでから、

「セイを厄介払いするために結婚の縁組みをしようとしたんでしょ? だったら、あの子にふさわしい素晴らしい相手をあてがうべきだったのよ。そうしていたなら、『騎士団長を引退しても幸せになることだろう』と誰もが納得したでしょうし、そもそも最高の男じゃないとセイみたいな暴れ馬を乗りこなせるわけがない、って普通に考えたらわかりそうなものだわ」

「こら、いくらリブでもその言い方は失礼だぞ」

むっとして反論してきたセイをリブは可笑しそうに横目で眺めて、

「誤解しないで。あなたはただの暴れ馬じゃなくて『暴れペガサス』や『暴れユニコーン』とでも言うべき存在なんだ、って褒めたんだから。もっと自信を持ちなさい」

ちっとも褒めていないじゃないか、と金髪の女騎士はうんざりして反論する気をなくす。

「でも、ファンタンゴ宰相、あなたがそうしなかったのは、セイに幸せになってほしくなかったからなんでしょう? キャンセルという最低人間と夫婦になって苦しめばいい、って思ったからなのよね?」

細い両腕をおへその上あたりで組んで、

「要するに、あなたは策略を実行する過程で私情を交えたことで計画を失敗に導いてしまったのよ。そんな二流の悪人が『金色の戦乙女』を陥れようだなんて、ちゃんちゃらおかしいわ」

矮小な精神しか持たない者を裁く正義の女神のようにリブはファンタンゴを傲然と見下ろした。上背では彼女の方が低いのだが、心の持ちようでは遙か高い場所にいたのだ。

(胸が悪くなる話だ)

一連の話を聞いていて、ナーガ・リュウケイビッチは他人事であっても腹が立って仕方が無かった。結婚という多くの女性が憧れてやまない(ナーガの中にも同じ思いがないわけではない)人生の節目を汚そうとするなど到底許されるべき所業ではない。だから、

「青瓢箪のやりそうなことだ」

と思わず吐き捨てたのだが、それをリブは耳敏く聞きつけて、

「あら、あなた、『青瓢箪』って呼ばれているの? とてもよく似合っているから次からわたしもそのように呼ぼうかしら」

にんまりほくそ笑んだ。忌まわしいあだ名を一番知られたくない人間に知られた辣腕政治家は、ぎぎぎ、とどす黒い情念に全身を軋ませていたが、

「冗談はさておき」

あくまでマイペースな女占い師は姿勢を正すと、

「っていうか、どうしてあなたがそんなにセイを嫌っているのか、わたしにはさっぱりわからないんだけど、どういうことなの、青瓢箪さん?」

覚えたばかりの名前でファンタンゴに早速呼び掛けた。


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