第339話 見えない侵略(その9)

「ううむ」

「これはいかがなものか」

アステラ王国の重鎮たちが顔を曇らせているのは、「デイリーアステラ」の紙上で王国がマズカ帝国からひそかに侵略行為を受けていた疑いがあると書かれていることだけではなく、国家の重大事が大っぴらに報道されていること自体好ましいとは思えなかったからだ。政というのは庶民には計り知れないもので、少数のエリートの手によって運営していくのが望ましい、という思考が彼らの中にあったのかもしれなかったが、

「そういう考え方ってどうかと思うわ」

リブ・テンヴィーは政治家や官僚たちのある種の思い上がりをばっさりと切り捨てた。

「この国は王様一人だけのものでもないし、ましてや大臣や貴族のものでもないのよ。隠し事なんかしないで、国にとって大事なことは国民一人一人が考えて決めていくようにすべきなんじゃないかしら」

ふう、と悩ましげに溜息をついてから、

「それとも、ここにいるみなさんはこのアステラで暮らす人たちを信用していないの?」

その言葉は国王スコットにいまだかつてない衝撃でもって打ちのめした。国のため民のため、と考えて「平和条約」の実現へ邁進したつもりだったが、宰相ジムニー・ファンタンゴ以外に諮ることなく秘密裏に交渉を進めたのは、家臣たち領民たちを信じ切れていないからではなかったのか。本当に正しいと信じていれば正々堂々とやったはずなのに、それができなかったおのれの心の弱さ、胸の片隅に宿っていた他者への不信を痛感した若き君主は、

(あの娘の言う通りだ。この国は皆のものであり、余はそれを預かっているに過ぎない)

なのに皆を信じることが出来なかった、と俯いたまま目を閉ざしてしまう。後年、アステラ王は全世界にさきがけて民主制の導入に推進していくことになるのだが、若き日の過ちを二度と犯すまいとする反省がそうさせたのかもしれない。

「お・の・れ!」

手にした新聞をびりびりびり!と引き裂いたのはファンタンゴ宰相だ。

「このような嘘八百を大々的に書き立てるとは報道機関の名に値しない。即刻取り潰してくれる!」

長い顔が朱に染まって「青瓢箪が赤くなった」とニックネームを名付けたナーガ・リュウケイビッチは滑稽にしか思わなかったが、

(まあ、それは当然怒るでしょうね)

とアリエル・フィッツシモンズは思っていた。「デイリーアステラ」の記事には宰相がマズカ帝国による侵略の手引きをしていると名前を出すことなく断定していたからで、彼が怒るのも無理からぬものと思われた。しかし、それと同時にファンタンゴが主張するように報道が「嘘八百」だと思った者もいなかった。彼が帝国からの諸産業の進出にかなり積極的に取り組んでいたのは関係者は皆知っているところであり、同盟国との友好と自国の振興を図ろうとしている、と今までは好意的に評価していたのが、実際は侵攻の片棒を担いでいたのが発覚したとあっては、もともと宰相に好感を抱いていなかった者は「裏切り者」「売国奴」と蔑みに満ちた視線を浴びせ、権力者に媚を売っていた者は自分まで同類とみなされてはたまらないとばかりに、懸命になって無表情を装おうとしていた。

「おまえたちまでわたしを疑うのか?」

ファンタンゴの悲痛な叫びに誰も応えず、

「陛下! あなたさまはわたしの忠節をわかっていただけますよね?」

血走った眼で睨みつけられても、玉座にある主君は否定も肯定もできずに困り顔をするしかなかったが、

「およしなさい。宰相閣下ともあろうお方がみっともないったらありゃしない」

リブ・テンヴィーは狼狽する中年の政治家を鋭い声で諫める。自らを窮地に追い込んだ貴婦人にファンタンゴは、

「リボン・アマカリー。貴様、一体何の恨みがあってわたしを貶めようとする?」

牙を剥き出しにして嚇怒するが、リブは整った貌を変えることなく、

「知りたいなら教えて差し上げるわ。そのためにわたしは今夜ここまで来たのだから」

歌い上げるように朗々と述べて、

「ちょうどいいわ。セディも来たことだし、やっと本題に入れるわ」

女占い師はセドリック・タリウスの傍らに寄り添いながら、

「畏れながら陛下にお訊ねしたき儀がございます」

とよく通る声で国王スコットへと問いを発した。

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