第340話 真相(その1)

リブ・テンヴィーの問いかけに黄金色に輝く玉座に腰掛けた国王スコットは思わず身を強張らせた。かよわい女性一人に怯えるなど、どうにも情けないのは自分でも分かっているが、外国の元首が送ってきた親書を持参したばかりか、マズカ帝国による「見えない侵略」を暴露したのに加えて、それを新聞社にスクープとして報じるよう仕向けた魔性を含んだ淑女が、いよいよ「本題」を訊ねようと、今夜王宮まで来た真の目的のために動き出そうとしているのだ。いくら警戒してもしすぎることはないではないか、と高貴な青年は不安をかき消そうと心の中で自己弁護に奔走するしかなかったのだが、

「いかなる理由で、セイジア・タリウスに暇を与えたかを説明していただけますか?」

「は?」

美しき占い師が口にしたのが予想外の質問だったために、アステラ王は君主にあるまじき間の抜けた音を口から漏らしてしまう。威厳を取り戻すつもりなのか、わざとらしく咳払いをしてから、

「それを訊ねるために、わざわざここまで来たのか?」

温厚そのものといった若者がしかつめらしい表情をしようと精一杯努力しているのに噴き出しそうになりながらも、

「補足させていただくと、そんなつまらないことを訊ねるために、とでも陛下はお考えなんでしょうね」

からかうように答えた。「いや、そんなことは」と図星をさされた青年王はうろたえる。しかし、国際的な大問題の後で2年半前に任を解いた女騎士の話を持ち出されても、スケールの小さな取るに足らぬものと思っても仕方がないではないか、とまたしても心の中の法廷で弁論に及んでいたが、

「セイジア・タリウスはわたしの友人です。友人の身に関わることこそわたしにとっては何よりも重要なのです」

深く息を吸ってから、きっ、とまなじりを決して、

「セイがこの国のために命を懸けて立派に戦い抜いたことは陛下も当然ご存じのはずです。にもかかわらず、その功績に見合った褒賞を与えないばかりか、騎士団長としての地位までも奪ったのに、わたしは今でも納得してはいません。正義のために働いた忠臣をないがしろにするなど、まっとうな王のなさることとは到底思えませぬ」

リブ・テンヴィーはきっぱりと言い切った。国よりも世界よりも親友は重い存在なのだ、という細い肢体から発した信念は熱量を持って膨れあがって広々とした謁見の間を満たし、大切な友人を傷つける者はたとえ王だろうと許さない、と彼女の紫の瞳が閃光を発する。

(なんともうれしいことだ)

セイは目の前が涙でぼやけていくのを感じた。自分がリブを思っているのと同じように-あるいは向こうの思いの方が強いのかも知れない-彼女も自分を思ってくれているのが伝わったからだ。リブは噴きこぼれそうになっていた闘志を瞬く間に身の内にしまい込んでから、

「過ぎた口を叩きまことに申し訳ありません。陛下に刃向かった咎、いかなる罰をも受ける覚悟でいます」

神妙な面持ちで平伏する。

「何を申すか。そなたの諫言は友を思ってのことであろう。それを罰しては余は王たる資格を失くしてしまう」

2人の友情に胸を打たれていたアステラ王は大きく頷いてから、

「天馬騎士団団長の地位を解いた際にタリウスにはその理由を申し渡したが、公式に声明を出してはおらぬゆえ、そなたが憤りを覚えたのも致し方のないことのなのかもしれぬ。ひとえに余の不手際が招いたことだ」

よかろう、とつぶやき、

「では今一度、タリウスに暇を与えた理由を説明することにする。それでよいか、リボン・アマカリー?」

壇上から見下ろされたリブは「ありがたき幸せに存じます」と短く答えた。

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