第337話 見えない侵略(その7)
「経済的、文化的と来て『見えない侵略』の最終段階は政治的侵略と呼ぶべきものね」
リブ・テンヴィーは一言一句間違えることのないようにしっかりと発音すると、
「意味はそのまま、標的とした国を政治的に領有すること。あくまでも表面上は平和的な交渉によって自国の勢力圏に組み込んでしまうの。戦争を仕掛けて無理矢理占領したわけでもないから、他の国が文句を差し挟む余地のない、合理的かつ合法的なやり方と言うべきものね」
羽根のついた扇を柔らかな頬に押し当てて、
「帝国の見えざる魔の手によって経済的にも精神的にも弱体化してしまった王国には抵抗する術など無かったんでしょうね。それどころか自分から領土を差し出すような破廉恥な真似だってしかねないし、それを帝国も狙っていたんでしょうけど」
このアステラだって危ういところだった、とリブは眉をひそめる。「政治的侵略」もやはり実際にこの王国で起こっていた事実であり、「平和条約」こそが最終兵器であった。セイジア・タリウスの自覚なき活躍がなければ、国王スコットによる提案はもっとすんなり受け入れられていたであろう、ということは想像するに難くなく、「見えない侵略」を防いだのは「金色の戦乙女」の目に見えない力なのかもしれない、と女占い師は友人を誇らしく思った。
「こうして、帝国は兵力を用いることなしに王国を手中に収めることに成功しました。おしまい」
それなりに長い物語を語り終えたリブが周りを見渡すと、謁見の間にどんよりとした沈鬱な雰囲気が漂っているのに気づき、
「あら。どうしたの? みなさん元気ないのね? もう夜も更けてきたし、眠くなっちゃったのかしら?」
からかうように笑いかけても人々の気分は一向に晴れはしなかった。それはもちろん、おとぎ話のアンハッピーエンドに滅入ったせいではなく、彼女の語ったストーリーが決して絵空事ではなく、自分たちの身に降りかかりつつある危機だと思わざるを得なかったからだった。
「おのれ、くだらぬ話しをべらべらとしゃべりおって、この魔女が」
ジムニー・ファンタンゴが逆上しているのも、この才媛の語った話がいわゆる「芯を食った」ものだったからに他ならない。虚偽ではなく真実こそが人を激怒させる最高の燃料である、という箴言を頭の中で創作しながら、
「やあね、宰相閣下ともあろうお方が本気になっちゃって。最初にも言ったでしょ? わたしが語ったのはただのお話なんだから、真に受けたりしたらおかしいわ」
リブが挑発と嘲りの入り交じった、それでも当たり前のように美しい微笑をファンタンゴへと送りつけると、国政を執る中年男は透明な壁に突き当たったかのようにその挙動を停止させた。わざと怒らせるように仕向けておいて、怒れないように予防線を張った彼女の語り口に、
(この女、絶対に許さんぞ)
権力と財力と暴力を駆使して追い詰めようと決意するが、見目麗しい貴婦人はひたひたと押し寄せてくる憎悪に気を留めることなく、
「そろそろ来る頃かしら」
と大広間の入り口を振り返った。
「来る、って何が来るんだ?」
思わず訊ねたセイジア・タリウスにリブは噴き出して、
「忘れたの? 今はわたしがお使いを頼んだ人が来るのを待っているところじゃない」
と言われて「そういえばそうだった」とセイのみならず他の人々も思い出す。「見えない侵略」という話に聞き惚れて、それが時間潰しだというのをうっかり忘れてしまっていた。すると、
「ああ、やっと来た」
リブ・テンヴィーが顔をほころばせる。ある種の超能力を持つ彼女は誰よりも先に待ち人の到着に気づいたわけだが、そのうちに、だだだだだ! と何者かが走ってくる音が聞こえてきた。王宮の中でダッシュなどしたら衛兵が止めそうなものだが、異常事態が相次ぐ今夜は警備がおろそかになっているのかも知れない、とセイがなんとはなしに考えていると、
「リブ、大変だ!」
叫びながら部屋に駆け込んできたのは、彼女の兄セドリック・タリウス伯爵だった。
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