第336話 見えない侵略(その6)

「帝国の大手チェーンを王国に大量出店してみたらどうなるか、という話ね。品揃えのいい店が来たらお客さんが大喜びで詰めかけるのは当然だけど、その一方で昔から地元で営業していた個人経営のお店はとても太刀打ちできなくて閉店を余儀なくされちゃうのよ。残酷なようだけど、商売の世界も弱肉強食だからサーヴィスのいい方が勝ち残るのは仕方がない、と思えるかもしれないけど、この場合話はそんなに単純じゃないの」

リブ・テンヴィーは紫の瞳を妖しく輝かせて、

「大手チェーンのバックには帝国がついているわけで、これはれっきとした国家戦略なのよ。王国中に出店して販路を独占した挙句に、経営に関連して王国内の権益を獲得できる、ということもあるけど、一番破壊力が高いのは、皇帝の一存でお店を一斉休業できることね。もしそんなことになったら、チェーン店に頼っていた王国の人たちは何処でも買い物が出来なくなって困っちゃう、っていうわけ。要は、商行為の一環に見せかけて他国の社会構造を破壊し支配しようとする、経済的侵略とでも呼ぶべきものなんでしょうね」

女占い師の鬼気迫る話しぶりに聞く者はみな肌が粟立つのを止められなかったが、

「おい、セイ、一体どうしたんだ?」

ナーガ・リュウケイビッチに心配されるほどにセイジア・タリウスの顔は青ざめていた。リブが言うところの「経済的侵略」なる行為を、他の人間は知識として受け止めただけだったが、この金髪の女騎士はこの夜王宮にいた中でただひとり身をもって体験していたのだから、ショックの度合もまるで違っていたのだ。

(「くまさん亭」であったことじゃないか)

かつて彼女が働いていた大衆食堂「くまさん亭」はマズカ帝国から進出してきた有名レストラン「フーミン」によってさまざまなかたちでの嫌がらせを受けて危うく閉店しかけたのを、セイの数々の活躍によって乗り切ったのはこの物語において描いてきたところである。

(一企業のやることとしてはずいぶん悪辣だと思ったが、まさか王国を乗っ取ろうとする意図まであったというのか?)

リブが語っているのがフィクションだというのも忘れて女騎士は大いに当惑していたが、珍しく露出度の低い恰好をしている美女の話はそれだけでは終わらなかった。

「帝国が侵略を仕掛けたのは経済だけじゃないわ。文化的な側面においても王国を支配しようとした」

「あなたの言い方に倣うのなら『文化的侵略』とでも呼ぶのですかな?」

文部大臣の問いにリブはゆっくりと頷き、

「まさしくその通りね。方法としては『経済的侵略』とそんなに変わらないわ。帝国の文物を大量に輸出して王国を覆い尽くしてしまおうとするのよ」

しゃなりしゃなり、と音が聞こえてきそうなほどに優雅な身のこなしで歩き出した元宰相リヒャルト・アマカリーの孫娘は、

「外国の文化が流行る、というのは案外馬鹿にできた話でもなくてね。小説や演劇に夢中になった人はそのお話が生まれた国にまで好感を抱くようになるし、『あの国に比べて我が国は遅れている』と劣等感を勝手に抱いて、他国を崇拝して自分の国を貶めるようになる頭でっかちのインテリも珍しくないみたいだしね」

現宰相ジムニー・ファンタンゴを意味ありげに見やったリブは、かつん、とハイヒールの踵を打ち付けて足を止めると、

「そして、これもまたひとつの『見えない侵略』なのよ。文化で圧倒することで『帝国にはかなわない』と王国の人たちに思わせて、自虐的な気風が醸成させ、国中を惰弱にしようとしていた」

「国ぐるみで宣伝工作プロパガンダをやってきたわけか」

軍人であるナーガがリブの主張を受け止めると、

「さすがは『蛇姫バジリスク』さん、よくおわかりね」

女占い師は満足げに微笑み、

「プロパガンダとして歌舞音曲を用いるのも有効じゃないかしら。流行歌手に国中でツアーをさせたり、大規模なイベントを開催したりして、ファンを大勢作ってその人たちを帝国の潜在的な支持者に仕立て上げる、っていうのもありそうな話だわ」

このリブ・テンヴィーのつぶやきにセイジア・タリウスはまたしても強い衝撃を受ける。

(まさか、あれもか?)

「金色の戦乙女」の脳裏にマズカ帝国から遠征してきた歌姫アゲハの存在が去来する。アステラを訪れた尊大な天才歌手が多くの人を魅了したのはいまだに記憶に新しいところだったが、彼女(アゲハの正体をセイは知らない)も帝国の陰謀によって動いていたのだろうか。

(あいつは誰かの言う通りに動くようなやつじゃないから、ひそかに操られていたのだろうか)

このことをアゲハが知ったらどれほど怒るか、とセイは去年の大晦日に「ブランルージュ」の会場から傷ついたまま立ち去った稀代のディーヴァを懐かしく思いつつ、国際的な謀略の手駒にされた娘(?)を憐れみもした。もっとも、アゲハがこの件を知ったとしても、

「確かにわたしは利用されたかもしれないけど、わたしだって向こうを利用したんだから、おあいこってところじゃない? だから」

同情なんて真っ平御免よ、と言い切って、いつでも強く美しく生きようとする歌姫らしく毅然としているに違いなかったが。

(気づいてくれたみたいね)

リブ・テンヴィーは動揺を隠せない年下の友人の様子を横目で窺った。彼女が語っている「見えない侵略」は単なるお話ではなく、このアステラ王国で実際に起こった出来事であった。「フーミン」の大量出店も大物プロモーターであるジャンニ・ケッダーに連れられて天才歌手アゲハと男性アイドルユニット「グウィドラ」がやってきたのも、全てマズカ帝国の策略に基づくものだったのだ。

(そして、どちらもあなたが失敗させたのよ)

もちろん、セイジア・タリウスは今の今までその事実に全く気付いてはいなかった。しかし、意図せずとも無意識のうちに陰謀に近づきそれを破砕したことこそが、彼女が最強の女騎士である何よりの証なのかもしれない、とリブはひそかに考えていた。

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