第334話 見えない侵略(その4)

セイジア・タリウスは薄く微笑みを浮かべて、

「つまりは、戦いに勝つ手段は武力に限らない、という話だろ? わたしも一応は専門家のはしくれだからその点は心得ているつもりだ」

王国の数々の危機を救い、先の大戦を終結へと導いた騎士が「はしくれ」とはあまりに過小な自己評価であったが、謙譲の美徳を持ち合わせた彼女は自らの功を誇るつもりもないのだろう。

「ええ、そうですね。セイさんは直接刃を交えることなしに交渉などによって敵兵を降伏させるなどして、平和裏に戦いを終わらせたことが何度もありました」

かつて「金色の戦乙女」の副官だったアリエル・フィッツシモンズが同意すると、

「戦わずに済めばそれに越した話はないからな。誰だって争うのは嫌なはずなのに、戦場に来ると忘れてしまう。だから、わたしはその気持ちを思い出させてやったのさ。喧嘩をしたってお腹が空いてむなしいだけだ、ってね」

セイは軽い調子で話したが、

(あれが何よりも効くんだ)

とアルにはわかっていた。何か月もの間籠城を続けた敵将が説得のために訪れた彼女の分け隔てのない気さくな口調に涙ながらに心を変えたこともあった。非人間的な闘争の場においてもぬくもりを失わないのは、セイジア・タリウスの美点のひとつなのかもしれなかった。

(世界中の人がみんなあなたみたいだったらよかったのにね、セイ)

とリブ・テンヴィーは親友の顔を見つめながら寂しげな表情をする。優れた能力を持つ者が力を合わせて他人の幸福のために働いたのなら、地上で繰り広げられる悲劇は遠からず終幕を迎えることだろうが、残念ながら強さや賢さは我欲を満たすための道具として弱者を虐げる役目しか果たしていないのが現実であった。そして、セイもまたそれを十分に理解していた。

「戦わずして勝利するという点において、きみの話に出てくる皇帝とわたしは同じだが、目指すところは大きく異なっている気がした」

「ええ、そうね。あなたは敵味方関係なしにみんなを救おうとしたけど、皇帝は自分一人の野心を実現させるために動いていたから、全然違うわ」

ブルネットの占い師はブロンドの騎士に同意してから、

「それに、あなたと皇帝とでは立場が違う。皇帝には大きな権限があってあなたよりもずっといろんなことができた。他国に戦争を仕掛けることも、それも通常とは異なるかたちの戦争をね」

「それがきみの言う『見えない侵略』か」

セイが重々しく呟いたのにリブは頷いて、

「一人の兵隊も送らず、剣も弓矢も使わず、宣戦を布告することもなしに、誰も気付かない間に一つの国を手中に収めてしまう悪魔の手管よ」

貴婦人の美貌に浮かんだ憂いの色は濃く、彼女が語っているのが実話ではないことを忘れて見る者はその凄味に呑まれそうになった。

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