第333話 見えない侵略(その3)

リブ・テンヴィーの話はなおも続く。

「その皇帝は支配者や統治者としての顔だけでなく征服者としての顔も持っていた」

「征服者?」

鸚鵡返しに呟いた国王スコットに頷いた女占い師は、

「帝国だけでは飽き足らずに世界をまるごと我が物にしないと満足できない人、っていうわけね。まあ、猫がねずみを見れば追いかけずにはいられないようなもので、土地を見れば空き地だろうが誰かの敷地だろうが占領したくなる厄介な性分の持ち主だったのよ」

なんとも迷惑な話よね、と溜息をついてから、

「で、そんな支配欲旺盛な皇帝は、すぐ隣の王国も当然のごとく傘下に加えようと企てたのだけど」

「ちょっと待ってくれよ姐御。さっき、帝国と王国は同盟関係にあるって言ってたじゃねえか」

出来の悪い生徒よろしく挙手をして発言してきたシーザー・レオンハルトに流し目をくれたリブは、

「あら、案外物覚えがいいのね、ライオンちゃん。三歩歩いたら何もかも忘れちゃうと思ってたのに。ええ、その通りよ。でも、そんなのは皇帝にしてみたら大した問題じゃなくて、侵略を諦める理由になんてなりはしなかったのよ。自分の物は自分の物、味方の物も自分の物、敵の物も自分の物って感じで、エンペラーともなると自己中っぷりもわれわれ下々の者とは比べものにならないのかも知れないわね」

マジで迷惑な野郎だ、とシーザーもうんざりするしかない。

「ともあれ、皇帝は王国の支配に乗り出すことを決めたのだけど、よその国を掌握するとしたら、まず一番に考えられるのは軍隊を派遣して戦争を仕掛けること、というのは子供にでもわかる理屈でしょうね。さっきも言った通り、帝国と王国の国力は段違いで、真っ向から勝負したとすれば、100回戦って100回とも勝って当たり前、というほどにかけ離れていたのよ」

長い睫毛を伏せたアマカリー家の貴婦人は、

「でも、そのやり方を取るべきではない、と頭のいい、というよりはずる賢い皇帝はよくわかっていた」

「どういうことだ?」

すっかり興味津々と言った様子のアステラ王をリブは力を込めて見つめると、

「百戦百勝、といっても犠牲を払うことなしに戦争で勝利を収めることなど不可能だからよ。傷つき血を流し命を落とす人が必ず出る。そして、『ここまでしてやるべき戦いだったのか?』という疑問が家臣や領民からも出てきかねず、威信を揺るがす危険を犯すのは良策ではない、と狡知に長けた独裁者は理解していたのよ」

それに、と閉じた扇を整った顔の前にかざし、

「新たな領土をなるべく無事に手に入れたい、とも彼は考えていた。戦火によって損なわれた傷物をゲットしてもあまり嬉しくない、というわけなんでしょうね。復興にかかる費用や労力も自腹で出したとしたら、赤字になってしまうかもしれないしね。それで、あともうひとつ付け加えるとしたら」

扇でシーザーの顔を指して、

「ついさっきシーザーくんが言っていたけど、同盟関係にある国を攻めるというのはかなり無理があるのよ。まあ、言いがかりをつけて他国に無理矢理攻め込んだ馬鹿げた話なんて歴史上珍しくないけど、そんな無茶をすれば評判はがた落ちになるのは間違いないし、しかも友好国を攻撃するなんて言語道断というほかないわ。そんな国、誰が信用するものですか、という話よ」

語られているのは絵空事のはずなのに、ぷりぷり怒る美女に聞く者たちが迫力を感じてたじろいでいるところへ、

「なるほど。きみの話を今まで聞いていて、わたしも少しわかってきたような気がするよ、リブ」

と、あっけらかんと大きな声を出したのはセイジア・タリウスだった。



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