第335話 見えない侵略(その5)

「しかし、軍隊を使わぬ侵略など本当に有り得るのだろうか?」

疑問を呈した国王スコットに、

「別段不自然な話でもありませんわ、陛下。平和な日常においてもお金や仕事を盾にして雇用主から脅される労働者など珍しくはないのです。それを個人から国家にまで拡大したまでの話です」

リブ・テンヴィーはすらすらと答えてみせたが、飢えとは無縁の生活を送ってきた高貴な青年には実感がわかなかったらしく、今一つ得心しかねるといった趣きの表情を浮かべただけだった。

「となると、帝国は王国へとつながる金銭の流れをせき止めて、干上がらせようとしたわけだろうか?」

銀行家でもある大蔵大臣の発言に「国ぐるみの兵糧攻めだ」とセイジア・タリウスが思っていると、

「むしろその逆ね。奪うよりも与えて、相手を富ませる方がこの場合は効果的なのよ」

女占い師の思わぬ発言にオーディエンスは無言で驚く。「どうしてそうなる?」と種明かしを望む雰囲気を察知したリブはくすくす笑ってから、

「たとえば、2つの国が一緒になって産業を興し、多くの人々が従事するとともに、そこから生み出される利益を享受するようになったとして、両国の間にトラブルが勃発したとしても、『本気で怒ったりしたら仕事が成り立たなくなるんじゃないか? もらえるものももらえなくなるんじゃないか?』と考えて文句を言うのを自重してしまう、っていうのはみなさんも身に覚えがあるんじゃないかしら? 人の身に起こることが国に起こったとしたって何もおかしくなんかない」

淡々とした口調で説明を続けた。

「つまり、皇帝はそんな人間の心理を利用したっていうわけなの。しかも、最初から王国に侵略を仕掛けるつもりでいたから、もっと狡猾なやり方を取って、王国が帝国抜きでは何もできない仕組みを構築したのよ。もし万が一王が逆らおうものなら、皇帝は指一本で王国の商業も工業もストップさせることができてしまう、そんな悪質なシステムをね」

居並ぶ人たちの顔が青ざめたのを見渡してから、

「わかりやすい例をひとつ挙げてみるとね」

とリブは扇を持っていない空いた左手の人差し指を立てた。

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