第326話 さらなる切り札(その1)

話を本筋に戻す。


「確かにサタドから送られてきたものに相違ないようです」

いかにも神経質そうな中年の侍従が震える手で国王スコットに親書を戻した。彼は王の身の回りの世話だけでなく公文書を取り扱う職務も担当していたので、手紙の真贋を確認するように命じられて、今その役割を果たしたところだった。

「よくやってくれた」

とアステラの王は臣下に声を掛けてから、今一度南方の大国の君主から送られてきた文書に視線を落とした。実を言えば、一目見るなりサタド城国の太守が自ら書いたものだと感じていた。雄渾な筆蹟には王者の風格が溢れ、文面を読むだけでも砂漠の熱風に吹き付けられたかのような感覚を味わったものだった。

(このような文を書けるのは大人物しかいない。ぜひ一度直接会って話がしたいものだ)

若い王は興味を大いにそそられ、「平和条約」の加盟を申し出てきたまだ見ぬ他国の指導者に早くも好感を抱きかけていたが、

(それにしても)

顔を上げて大広間に目をやった。リボン・アマカリーなる貴婦人に視線が釘付けになったのは持ち前の美貌もさることながら、正式な国交を結んでいない異邦の元首のメッセージを入手してきた彼女の不思議な才能に興味を駆られたからだった。外部との交わりを正式には認めていない閉ざされた国の中枢に迫るとはいかなる力の持ち主なのか、と王のみならず人々の好奇心の的となっているのを知ってか知らずか、リボン・アマカリー、この物語においてはリブ・テンヴィーと名乗っている女性は、毛並みのいい猫のようにしれっとした表情をして手にとった扇で自らの顔を軽くあおいでいた。

「おのれ、このようなことがあるはずがない。何らかの不正があったに違いない」

思いがけない展開に憎悪を剥き出しにして睨んでくるジムニー・ファンタンゴにリブは笑いかけて、

「あら、今しがた本物の手紙だと認められたばかりじゃない。それとも、陛下が嘘をつかれているとでも仰りたいの?」

不敬罪で捕まるわよ、と鞠を転がすかのように一国の宰相を嘲弄してみせる。ぐぎぎぎ、と歯噛みするファンタンゴを眺めながら、

(そういうことだったのか)

セイジア・タリウスは長く同居していた女占い師のしたたかさに舌を巻いていた。太守からの手紙というジョーカーとも呼べる存在を最初から見せびらかせることなく、あえて親友のセイを攻撃することで彼女を敵視する陰険な政治家の油断を誘ったのだ。そして、

「外交は確証があって初めて成り立つ」

と当のファンタンゴから言質を引き出した上で「確証」を出した、というわけだ。最強のカードも時機を逸すれば無力になってしまうが、リブ・テンヴィーほどの才女ならば勝負のタイミングも心得ていて当然、というわけだろうか。

(全く恐れ入ったよ。きみはなかなかの作戦家だ)

彼女ならおそらく大軍を与えてもたやすく兵士たちを操ってしまうのは想像に難くなく、知略でもって数々の戦いを勝ち抜いてきたセイであっても勝てる自信は無かった(とはいえ、負けるつもりもなかったが)。

「わたしを侮辱する気か。この」

劣勢になった焦りで口汚くなってきた政治家に向かって左の掌を伸ばしてから、

「ねえ、宰相閣下。あなたが何を言おうとしているか、当てて御覧に入れましょうか?」

リブ・テンヴィーは悠然と微笑む。貴婦人を装う女占い師が演じる一人舞台はまだ中盤にも差し掛かって居らず、現時点において彼女の計画の一端が見えたに過ぎないことを、その場にいる誰も気がつかず、最強の女騎士ですら全貌を見通せてはいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る