第327話 さらなる切り札(その2)

「あなたが今何を考えているか、当ててみせましょうか?」

リブ・テンヴィーはジムニー・ファンタンゴに、ちらり、と流し目をくれてから、

「ズバリ、わたしがこのアステラによからぬことをしようとしているサタドの回し者だとでも考えているんじゃないかしら? 」

ぐっ、と宰相が言葉に詰まったのは、女占い師にこれからつけようとしていた因縁を的中されたからだろうか。リブは悩ましげに眉をひそめて、

「事実無根の言いがかりに過ぎないけど、まあ、確かにわたしみたいなただの女が最上級の機密文書を持ち寄ってきたら、そう思われるのも無理はないのかもしれないわね」

どう見てもあなたは「ただの女」ではない、と満場一致のツッコミを知らぬふりをして、

「でも、実は今日持ってきたのはあの手紙だけじゃないのよね」

と呟いてから口元を羽根つきの扇で覆い隠す。そして、

「さっきの方、もう一度来ていただける?」

と呼びかけ終わる前に先程リブから受け取った手紙を王に届けた小姓の少年が跳ねるように貴婦人の元へと駆けてきた。

「お呼びでしょうか?」

と訊ねる顔は頭上のシャンデリアよりも明るく輝き、主人に向かって尻尾をちぎれんばかりに振る犬にしか見えない。わずかなやりとりだけで彼がすっかりリブに魅了されているのは一目瞭然だった。

「ええ、よく来てくれたわね」

にっこり笑った美女の手の中にいつの間にか数通の書類が出現していた。

「もう一度陛下のところまでお使いに行ってくれないかしら?」

と言いながら手紙を小姓にひとつひとつ手渡していく。

「リブさん、それはまさか」

アリエル・フィッツシモンズが思わず声を上げてしまうと、

(さすがはアルくん。察しがいいわ)

お気に入りの美少年(貴族的な風貌と真面目で融通が利かないところがセドリック・タリウスに似ている、と今更気づいていた)にサーヴィスするつもりになったのか、

「別に大したものじゃないわ」

澄ました顔で言い放つと、

「全部ただの手紙よ。差出人は上から順番に、ヴィキンの女王陛下、カイネップの海軍長官殿、ウラテンの総統閣下、メイプルのすめらぎ様。そういった方々がわがアステラの国王陛下へと宛てられたお便りをわたしが託された、それだけのことよ」

とつぶやいたのと同時に手紙をすべて渡し終えた。お願いね、とリブにささやかれた従者の少年が「あわわわわ」と真っ青になって泡を吹きかけているのは、今まさに自らの手の中に収められたメッセージの重みを感じ取ったからにほかならない。たった今、女占い師が挙げたのは世界各国の首脳の名前であり、

「この方たちもみんな『平和条約』への参加を希望されているわ」

彼女が説明を付け加えるなり、どたり、どたり、と広い部屋のあちこちから音が響いたのは、この夜度重なる異常事態に疲弊していた精神に追い打ちをかけられて、とうとう耐えられなくなった何人もの出席者が失神して倒れてしまったからだ。王国の危機を越えて歴史の分岐点にまでなろうとしている状況に、名うての政治家や官僚たちといえども神経が持たなくても仕方が無いのかも知れなかった。

「ね? 言ったでしょ? わたしはサタドに内通しているわけじゃないのよ。強いて言うなら、全世界と内通していることになるのかしらね」

美女の呟いた奇妙な味のジョークも口をあんぐり開けて白目を剥きかけているファンタンゴ宰相に通じたかどうかはわからなかった。

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