第306話 躓き(その4)

「さっき、わたしが笑った理由を教えてやる。これほどまでの馬鹿者どもにお目に掛かったことはない、と思ったからだ」

ナーガ・リュウケイビッチはそう言うなり、振り返らずに背後にいる金髪の女騎士を指さして、

「アステラの人間でありながら、セイジア・タリウスが何者なのかを十分に理解できていないのだから、貴様らの頭には脳味噌の代わりにおがくずが詰まっているに違いない」

威勢良く啖呵を切った。

(ナーガ、わたしのことをわかってくれていたんだな)

いつもツンツンしていた少女騎士に擁護されたセイが感動して瞳を潤ませているのも知らずに、「いいか、よく聞け」とナーガは鼻息を荒くして、

「わたしの二十年足らずの人生でもセイジア・タリウスほどの馬鹿に会ったことはない。いや、馬鹿と言うだけでは足りない、大馬鹿者と呼ぶべきだろうな」

一分も経たないうちに有頂天から地底へと叩き落とされたセイが、どたっ、と転倒したのをスルーしてモクジュの「蛇姫バジリスク」は自説を展開し出す。

「おまえたちもこの女と面識があるからわかるだろうが、こいつは陰でこそこそ自分一人だけ利益を得ようとするような器用な真似ができるやつじゃない。人は誰でも裏と表、あるいは光と影があるものだが、こいつには表と光しかない。祝い事でもないのにたったひとりで真っ昼間に行進曲を大音量で演奏しながら大通りを練り歩くのがお似合いのご機嫌賑やかハッピーレディなんだ。そんなやつが汚職だの賄賂だの裏工作をしている、と聞いて笑わずにいられるものか。馬鹿も休み休み言え」

なんだかものすごくひどいことを言われてる気がする、とセイはさっきとは別の意味で涙目になるが、

「ナーガさんの言う通り、あいつの行くところには常に騒動が起こるからな。火薬庫か地雷原が生きて歩いているようなもんだ」

「あの人が騎士団長だった頃、一日として平穏無事に過ぎたことはありません」

彼女をよく知るシーザー・レオンハルトとアリエル・フィッツシモンズにも追撃を喰らい、

「ふむ、無意味に明るく騒々しいのがタリウスの良いところだ、と余も考える次第だ」

国王スコットに駄目押しされて、「陛下まで!」とショックのあまり白目を剥いて固まってしまう。連敗続きの憎きライヴァルにようやく一矢報いたのに気づくことなくナーガは話を続ける。

「それからもうひとつ、セイジア・タリウスは底抜けのお人良しと来ている。誰かの喜ぶ顔が見られるなら、自分のことは後回しになっても一向に平気な変わり者で、『私腹を肥やす』という慣用句からこの世で最も遠く離れているのがこの女だ。罪をかぶせようとするなら、もっと現実味のあるものにした方がいいぞ、ひょうたん島の大統領閣下殿」

あだ名が意味不明なものにグレードアップしたのに激怒するジムニー・ファンタンゴを無視した浅黒い肌の美少女は話題を切り替えて、

「セイは戦場で数々の殊勲を挙げ、和平を実現させたことからも、この国にとっては紛れのない英雄だ。だから、あいつがその気になれば、勲章をじゃらじゃらぶら下げて、豪奢な屋敷で贅沢し放題の暮らしだってできたはずだし、そうするだけの資格は十分にあった」

でも、そうはしなかった、と言いながら、ナーガは不意に胸の内に熱いものがこみ上げてくるのを感じていた。



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