第300話 女騎士さん、提案する(その7)

最強の女騎士は議論においても機を見るに敏であり、たとえ話が王の心に響かなかったと見るや、戦術を変えて直球を投げ込むことにした。

「陛下、わたしが言いたいのは、モクジュの側に立ってみてほしい、ということです」

「連邦の側、だと?」

目を丸くするかつての主君に「はい」と頷いてから、

「陛下に悪意がないことはわれわれにはわかっていますが、他国から見ればそうとは限らない、ということです。仮に陛下がモクジュの大侯だったとして、アステラをはじめとした3カ国が『平和条約』を締結する、と聞いてどのように思われるのか、考えてほしいのです」

美しい金髪の女子に懇々と説かれた国王スコットは俯き加減になって何かを思案しだした。ここまで言えば伝わるだろう、とセイもいくらか楽観視していたのだが、

「余が大侯だったとしたら、近隣の国々が平和へと向かう約定を取り決めたのを歓迎すると思う」

彼女の求めていたものとはまるっきり違う答えが返ってきて、あらららら、と今度こそずっこけてしまった。知略に長けた「金色の戦乙女」らしからぬミスだったが、

(陛下をわれわれ下々の者と同じように思ったのがよくなかった)

とその原因を即座に把握していたあたり、やはりセイはすぐれた軍人なのだろう。少し考えてみればわかることで、王というのは余人の追随を許さない孤高の存在であり、人よりは神の領域に近い地位に立つ権威者が他人に感情移入をするのはかなり困難なはずなのだ。逆を言えば、女騎士にも王の気持ちや考えはわかりかねるのであって、

(無理な注文をしてしまった)

そりゃわかるわけないよな、と反省するしかなかったが、そんなセイの隣にいたナーガ・リュウケイビッチは憤懣やるかたない気持ちで、

(何を寝ぼけたことを言ってるんだ、この馬鹿殿め)

あまりにストレートな悪口を吐きそうになるのをなんとかこらえていたが、

「アステラ国王陛下に申し上げます!」

あからさまに激しい口調で反論することまで我慢はできなかった。彼女はセイと違ってアステラの王に対する忠誠心は当然無かったうえに、「平和条約」が発効すれば最も影響を受けるのは「蛇姫バジリスク」の祖国であるモクジュなのだ。一時たりとも安穏としているわけにはいかない。だから、

「この場にいる唯一のモクジュ諸侯国連邦の人間として申し上げますが、そのいわゆる『平和条約』なるものは、わが連邦にとって災い以外の何物でもありません。平和どころか新たな戦争を招く代物です」

鋭い語気で言い募っていた。もっと上手いやり方があるはずだ、というのは自分でも分かっていた。異国の人間が王に逆らうのを見て、家臣たちが良く思うはずがなく、彼女の味方が増えたりするはずもないが、たとえひとりでも戦ってやる、とナーガは既に決意を固めていた。

「リュウケイビッチ殿、何を申されるのか。この条約が実現すれば戦いは二度と起こるはずもないのだぞ」

「お言葉ですが、騎士であるわたしには、条約によってアステラ、マズカ、マキスィの国家機能が一体化することで、戦争を遂行する能力が飛躍的に向上するようにしか見えません。つまり、平和条約とは名ばかりの軍事同盟であるようにしか見えません」

言いがかりだ、と憤るスコット王を睨みつけるナーガ。みるみるうちに険悪になっていく雰囲気の中で、「はっはっはっ」と高笑いをしたのはセイジア・タリウスだった。

「わたしとしたことが、ぼやぼやしていたら言いたいことをナーガに先に言われてしまった」

深夜らしからぬあまりに陽気な声だったので、発言の内容をいまひとつ理解できずにいる一同に、

「でも、ナーガが今言ったのは『平和条約』に含まれる危険性のひとつでしかない」

ちっちっちっ、と得意そうに指を横に振るセイ。

「馬鹿な。あの条約が危険なものであるはずがない」

動揺する元主君に向かって、

「残念ながらそうではないのですよ、陛下」

蠱惑的なまでの微笑を浮かべた美貌の騎士は、

「では、これから条約の一番ヤバいポイントを説明してごらんに入れます」

丁寧なのかそうでないのか判断しかねる口調で言ってのけた。

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