第299話 女騎士さん、提案する(その6)

(なんということだ)

思いがけない事態の展開に、国王スコットは強烈な咽喉の渇きを覚えたが、王国の今後を左右する渦中にあって、最高指導者たる彼が美酒で唇を湿すわけにはいかない、というのはよくわかっていた。若き王は先程もシーザー・レオンハルトに「平和条約」の締結を思い止まるように説得されかかったが、それはあくまで「アステラの若獅子」の灼熱のごときハート(まさしく「獅子の心臓ライオンハート」と呼ぶべき熱さだった)に心が揺さぶられたにすぎず、国家間の約定を見直す具体的な手立てが提示されたわけではなかった。だから、

(レオンハルト、それに皆の気持ちはよくわかったが、しかしそれでもやはり条約は必要なのだ)

理性的な青年の決断を突き崩すまでには至らなかったのだ。しかし、今しがた語られたセイジア・タリウスによる反対意見にはシーザーが示せなかった代替案が組み込まれていたばかりか、それを実現する手段までも提示されていた。だからこそ、君主として真摯に検討せざるを得なかったのに加えて、「モクジュ諸侯国連邦も条約の加盟国に追加する」というセイのアイディアに他ならぬ彼自身が大いに魅力を感じてしまっていた。かつての敵国との間に友好関係を築き上げられたなら、それはどんなに素晴らしいだろうか、挑戦するだけの意味は十分にある、と平和を愛する王の中から女騎士の意見を却下しようとする意思はほとんどなくなりかけていた。

「タリウスよ、なかなか面白い話を聞かせてくれた。これより発効されようとしている条約は永遠の安寧へとつながるためのものであり、より多くの国が加わるのが望ましい。かの諸侯国連邦との間には長きにわたって不幸な歴史が存在したが、国境を接する隣国がいがみあうのは余はもちろん、連邦もまた望んではおらぬだろう。したがって、連邦を条約の加盟国とするおまえの考えに余も同意したいところだ」

おお、と主君が変心したと思い込んだ何人かが思わず声を上げてしまうが、

「ただし」

アステラの王は完全に考えを変えたわけではなかった。

「条約の締結は予定通り行いたい。まずは当初の3カ国の間で締結したうえで、それから将来において連邦を追加する旨を、マズカの帝とマキスィの統領に提案することとする。お二方は余と志を同じくしているから、『否』とは言われないだろうし、万が一そうなったとしても余がなんとか説得してみせよう。それならば問題はないのではないか?」

つまり、国王スコットは妥協案あるいは折衷案を示したわけである。条約の成立に昼夜を問わず励んできた青年が簡単に諦められるはずもなく、譲歩を導き出しただけでも上出来なのではないか、という雰囲気が広間に漂い出したが、

「それは良い考えとは言いかねます」

場の空気を読まないことに定評のあるセイジア・タリウスは王の提言をばっさりと切り捨てた。せっかく歩み寄ったつもりなのに、にべもなくはねつけられた貴公子は、

「何故そのような嫌なことを言うのだ?」

温厚な性格の持ち主にしては珍しく気色ばんだ。「いや、あのですね」と女騎士は困り顔で頭を搔きながら、

「その案は陛下にとってはご都合がよろしいかもしれませんが、モクジュにとってあまり都合がいいとは言えないのですよ」

「なに?」

セイが意地悪を言っているのではなくしかるべき理由があって反対している、と飲み込めたスコット王が若干機嫌を直したと見て、

「考えてもみてください」

右の人差し指を立てて「金色の戦乙女」は説明を開始する。

「もしも陛下があまり仲の良くない、それどころか何度も喧嘩してきた人たちから『おれたちの仲間に入れてやるよ』といきなり言われて、素直に友達になりたいと思えますか? 『何か魂胆があるんじゃないか?』って心配になりませんか? それと同じように、条約がいったん出来上がってから誘われても、モクジュは疑心暗鬼になって話に乗ってこない、と考えるのが普通です」

ああ、確かにそう思うかも、とセイのたとえ話は居合わせた人たちにはわかりやすく納得しやすいものであったが、

「余は誰であろうと仲間に誘われたらそれだけで嬉しく思うが」

良く言えば天使のごとく無垢な、悪く言えば5歳児並みに世間知らずの若者にはあまり通じなかったようだった。あらら、とセイは思わずこけそうになりながら、

(いい人過ぎるのも考えものだ。だから、こんな「平和条約」などというペテンに引っかかる)

まったくしょうのないお方だ、と思ってから、

(王様のことをそんな風に思うのは不敬なのかな?)

となんとなく考えたものの、「そう思ってしまったのだから仕方がない」と考えを変える気にもなれずにいた。

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