第298話 女騎士さん、提案する(その5)
「亡くなられたドラクル・リュウケイビッチ将軍はモクジュ国内で激しい非難にさらされましたが、はっきり言ってしまえば八つ当たりの側面が大きい当を失したものでした」
農業大臣は野太くも力強い声で語った。諸侯国連邦との間に個人的なコネクションを有しているだけあって、アステラでは知られていない情報にも通じているらしい。
「長きにわたって戦争を続け、国民に負担を強いておきながら、勝てなかったばかりか領土も賠償金も得られなかった不満が『邪龍』殿に集中してしまったわけです。軍の指揮官でありながら自ら死を選んだ臆病者として、かつての名声は地に落ちた格好になってしまったわけです」
そんなことは今更言われるまでもない、わたしは身をもってよく知っている、と祖父の死後、幾多の苦難に遭い国を追われたナーガは顔を歪めるが、
「本来であれば一番に責任を負うべき当時の大侯殿下は自らお決めになられたのか周囲から求められたのか知りませんがさっさと退位されてしまったのですが、その後新しく即位された若君-先代の御嫡男にあらせられる方でしたが-も、急進的な改革を進めようとして守旧派から猛反発されたおかげで半年足らずで暗殺されて、その後を受けられた女侯殿下―先々代の正妃にして先代の母君にあらせられる方でしたが―も、国中から見目麗しい青年を無理矢理集めて『逆ハーレム』を形成しようとした乱脈ぶりを咎められて3か月ほどで惨殺され、さらにその後を受けられた老侯殿下-諸侯の中で一番の年長者というだけで選ばれたとの由-も指導力を致命的に欠いたおかげで即位から1か月も経たないうちに独房に押し込められて自ら命を絶たれたとのことで、その後も日替わりで大侯の地位が入れ替わっている有様だとのことです」
日替わりって定食屋じゃないんだからよ、と政治に興味のないシーザー・レオンハルトも隣国の混乱ぶりに呆れ返るしかない。
「国のトップがそのようなていたらくなので、今の連邦は国としての機能を完全に喪失していて、庶民は塗炭の苦しみにあえいでいるそうで、そんな明日が見えない状況の中で、いつしかこのような声が澎湃として湧き起こってきたそうなのです。『リュウケイビッチ将軍が生きていてくださったなら、われらを見捨てはしなかっただろう』と」
その声に「はっ」となったナーガが農業大臣を見つめると、老人は「うむ」と贅肉がたっぷりついた頬を震わせて、
「終戦直後は『モクジュの邪龍』を口を極めて罵った人々も、我欲に取りつかれて権力闘争に明け暮れる王侯貴族の惨状を見るうちにようやく気付いた、ということなのでしょうな。ドラクル・リュウケイビッチ将軍は戦場において常に勇敢で、平時において弱者への思いやりを忘れなかった真の騎士であり、そのようなお方が卑怯な振る舞いをなされるものだろうか、と」
一拍置いた後、大臣は、
「将軍とともに戦ったかつての部下や、将軍に救われた人たちが『邪龍』殿の名誉の回復に動かれたのも大きかったそうです。そして、リュウケイビッチ将軍が一命を賭して戦争の終結を諸侯たちに願われた、という詳細な話が広く知られるようになって、モクジュの人々は自らの非に気づいた、ということです」
祖父の汚名が晴れつつあるのを喜ぶべき、と頭ではわかっていたが、
(なんだよ、それ)
ナーガは激しい怒りが全身を駆け巡るのを感じた。わたしが必死で説得したときには誰も聞く耳を持たなかったくせに、と。暴徒に屋敷を焼かれ、逃げた先では旧知の人たちに何度となく裏切られた少女の中で、状況に流されてコロコロと考えを変える連中への憤りが爆発寸前にまで高まっていく。そんなやつらに褒められたって、おじい様が喜ぶものか。それ以前にわたしは絶対に許さない、許してたまるものか、と激怒の咆哮をあげようとした「
「ぽん」
と叩かれた。
(えっ?)
驚いて横を向くと、自分と同じように膝をついているセイの右手が当てられているのに気づいた。女騎士は王宮にふさわしいいかめしい顔をしていたが、その本心は背中の優しい感触に現れていた。
(ナーガ、きみの恨みはわたしが全部引き受けるから、他の人を恨んだらダメだ)
そのように伝えようとしているのがよくわかった。闇に落ちようとしている友人を心から案じた一触れは千の言葉よりも説得力を持ってモクジュの少女騎士の心を揺さぶった。
(わが孫なら恩讐を乗り越えて高き場所を目指しなさい)
今は亡き祖父もそう言ってくれている気がした。昂った心が落ち着きを取り戻していく。それに、国中がパニックに陥っている間、沈黙を守らざるを得なかった将軍の支持者が表に出てきているのかもしれない。その人たちに会って話をするのも、遺族としての役割に違いない、と少女騎士は感じていた。
「ですから、このお嬢さんが使者として向かったとしたなら、連邦は間違いなく歓待することでしょうな。『邪龍』殿のお孫さんを諸侯たちも粗末には扱わないはずです」
農業大臣が太鼓判を押すのを聞いて、
(そうだ。
ふたつの目が熱く潤むのを感じながら、ナーガ・リュウケイビッチは決意する。「平和条約」を伝達する役目を背負うとともに、今こそ生まれ育った国に帰還して戦い抜こう、とリュウケイビッチ家の娘は新たな使命をおのれの中に見出していた。
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