第293話 女騎士さん、我が道を行く(後編)

「残念ながら、どんな名君でも間違った政策を実行してしまうこともあるし、ろくでもない王がろくでもない命令を下すことだってある」

セイジア・タリウスは肩に手を当てて、巨大なシャンデリアがぶら下がった天井を見上げ、

「さて、その場合、騎士としてどのようにすべきかが問題だと思うんだ。命令に従えば正義に悖ることになり、従わなければ忠義を果たせないことになる。どっちにしても騎士としての本分に背くわけだ」

実につらいところだ、と眉をひそめたセイよりも、耳を傾けていたナーガ・リュウケイビッチの方が険しい表情をしていた。彼女の祖父ドラクル・リュウケイビッチはまさに忠誠と正義の板挟みになって自ら命を絶ったからだ。戦争を止めようとする「正義」と戦争の継続を望む大侯への「忠誠」、どうにもならない矛盾に逢着してしまった老騎士の心中を思い、孫娘はやり切れない気持ちで一杯になる。そんなナーガを同情のまなざしで見つめてから、金髪の騎士は右手を胸の前に当てて、

「先の戦をわたしが止めようとしたことについて批判の声が多々あるのは承知しているし、それについて特に反論しようとは思わない。だが、あの件に関してわたしは騎士として正しい振舞いをしたつもりだ、ということだけは言っておきたい。確かに陛下からの具体的な指示もなしに独自に動いたのは事実だが、しかし、わたしは騎士団長に就任したときに陛下から『戦争を止めるように』との命令を受けていたし、わたしのやったことが陛下の御心に添わないものであれば、断頭台にこの首を差し伸べるつもりでいた。だから、少なくともわたしの中ではあのとき『忠誠』と『正義』は両立出来ていた、というわけだ」

戦場から長駆帰還したセイが停戦に猛反対する官僚たちを相手に堂々の論陣を張った現場に居合わせた当事者たちはそのときの模様を思い出したのか遠い目になったが、彼女に言い負かされた宰相ジムニー・ファンタンゴは別段表情を変えることなく、身じろぎもせずに静物のように佇むだけだった。

「だが、今回は違う」

ポニーテールを揺らしたブロンドの女子は国王スコットを寂しげに見上げて、

「ヴァルから条約について聞いたわたしはどうすべきか迷ってしまったんだ。陛下のおやりになろうとしていることには賛同できない。だが、わたしの中に残っている忠誠心が、陛下に逆らおうとするのにストップをかけていたし、今こうして再びお目にかかって確信したが、陛下はわたしが仕えていた頃と同じく崇高な志を持っておられる。そんな純粋な御心を否定するのもつらい、というわけさ」

どっちを選んでも騎士たり得ないつらい状況だ、と冗談めかして明るくつぶやいてから、

「それで数日ばかり悩んでいたんだが、そんなときにわたしにひとつのヒントをくれたのはひとりの小さな騎士だった」

「小さな騎士、ですか?」

訊き返したアリエル・フィッツシモンズに女騎士は頷いて、

「ああ、そうだ。正確にはこれから騎士になろうとしている志願者、といったところだが、その者は力はまだ不十分だが騎士になろうとする思いはなかなかのもので、何度跳ね返されても必死に向かってきた勇気は、本職にも勝るとも劣らないものだった」

弟のことを言っている、と気づいたナーガの瞳がやや柔らかなものになる。「ジャロ、おまえ頑張ったんだな」と無事に帰れたら頭を撫でてやろうか、と思う。

「その姿を見て、わたしも思い出したんだ。騎士になりたくてひたむきにただ前だけを見つめて走っていた頃の気持ちを、いつの間にか失くしてしまっていたのに気づいたんだ。つまらないちっぽけなことでうじうじしている自分が嫌になって、そんなんじゃダメだ、って心から思ったのさ」

ふっ、とそよ風のように息を小さく吐き出して、

「結局、わたしはわたしにしかなれないんだろうな。だから、思い悩むのはやめにした。騎士としてどうあるべきかとか、忠誠だとか正義だとかはわたしには難しすぎる問題だったんだ。わたしに出来るのはただ思いのままになすべきと信じたことをなす、ただそれだけなんだ」

それが正しいか間違っているかは他の誰かが考えてくれればいい、と言い切ったセイの瞳にいくつもの流星がよぎり、

「今になって思えば、陛下からお暇を頂戴し、騎士団を離れたのも悪くはなかった、という気がする。市井にあって懸命に生きているたくさんの人たちと接することができて、騎士として戦ってきた意味が実感できたんだ」

そして、

「そんな人たちのために今まで戦ってきたのを誇りに思い、そしてこれからもずっとみんなを守るために戦っていきたい」

「金色の戦乙女」の身体から黄金の炎が吹き上がり、

「それがわたしの騎士道、セイジア・タリウスの生きる道だ」

最強の女騎士は自ら見出した道を一生をかけて歩み続けよう、と固く決意していた。

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