第294話 女騎士さん、提案する(その1)
おのれの見出した道を生涯かけて歩き続ける決意を力強く語ったセイジア・タリウスに、
「おい、こら」
抗議の声をかけたのはシーザー・レオンハルトだ。
「なんだ、シーザー。鬼瓦かガーゴイルみたいな顔をして、どうかしたのか?」
きょとんとするセイに、悪魔をも追い払う怒りの形相をした騎士団長は、
「どうもこうもねえよ。なんでおれを素っ飛ばしてアルに騎士の心得を訊きやがるんだよ。おれの方がキャリアは長いじゃねえか」
もっともと思える理由をつけて抗議したが、
「だって、アルは賢いが、おまえはそうじゃないから、いい答えが返ってくるとは思えなかったからな」
身も蓋もない理由でスルーした正当性を主張されて「そりゃねえよ」とショックを受けて涙目になったシーザーに、
「そう落ち込むなよ。おまえには他にいいところがあるとちゃんとわかってるし、助けてほしいときはちゃんと言うから」
だからそのときは頼むぞ、と馥郁たる香りすら漂わせた女騎士の微笑をまともに見てしまった青年騎士は、
「ならいいんだけどよ」
と顔を赤くして引き下がった。彼女に惚れ直すのはこれで何回目、何十回目、何百回目になるだろうか。セイの手にかかれば「アステラの若獅子」も飼い猫同然に手なずけられてしまったかのようで、
(尻に敷かれてるなあ)
とナーガ・リュウケイビッチをはじめとした列席者は適切なのかよくわからない感想を抱いてしまう。と、そこへ、
「こほん」
小さな咳払いが謁見の間に響いた。国王スコットが突然いかめしい顔つきになっているのに家来たちは驚く。玉体から漂う強烈な緊張感で、部屋の空気が帯電したかのようにぴりついたものになっていた。若き王が傲然たる姿勢で見下ろす先には、かつて家臣だった金髪の騎士がいて、彼女が不快の念をもたらしたのは一目瞭然だった。
「セイジア・タリウスよ、何をはしゃいでいるのだ」
聞く者の心胆を寒からしめるほどの迫力を持った声で名前を呼ばれても、「いえ、別にそんなつもりは」とセイは飄々とした態度を崩さなかったが、
「先程の発言で、おまえの覚悟のほどはようわかった。おまえは信じるもののためならば余に逆らうことも辞さない、と受け取ったが、それに相違ないか?」
壇上からの問いかけに、女騎士は少しだけ考えてから、
「まあ、場合によってはそうなっても仕方ない、ということではあります」
と答えると、
「ならば、こたびの条約においても、おまえは余に楯突くつもりなのか? おまえは余に逆らおうというのか?」
王が推し進める「平和条約」について、セイが反対の意思を明確に表明している以上、国王スコットの王道とセイジア・タリウスの騎士道が激突するのは避けられない、とその場にいた誰もが思わざるを得なかったのだが、
「いえ、そのつもりはありません」
美貌の戦士は高貴な青年の繰り出した鋭い舌鋒をあっさりいなすと、
「わたしはただ、その『条約』なるものが現行の案では不十分だと考えたので、改良すべきだと申し上げたいだけです」
「は?」
強い忍耐心を持つ王が思わず声を漏らしてしまったのは、セイの言い出したことが予想外のものだったからだ。てっきり彼女もシーザー・レオンハルトやアリエル・フィッツシモンズと同じ騎士として「条約」によって生じる国防上の問題点を指摘してくるとばかり思いこんでいたのだが、どうも様子がおかしい、と気づいていた。
「いや、ちょっと待て、タリウスよ」
「はあ、なんでございましょうか」
スコット王は顎に手を当ててしばし考え込むと、
「その言い方から察すると、おまえは『条約』に対して具体的な案を持っているように聞こえたが」
「ええ、もちろんです。はっきりしたアイディアも携えずに陛下にお目通りするわけにもまいりませんから」
この一言で、
(セイさんは最初からそのつもりだったんだ)
とアルは気付く。彼女が急遽参内したのはジンバ村における抗争を報告するためだけではなく、「平和条約」の改正を提案するためだったのだ。王も同様に気づいたらしく「うーむ」と唸ってから、
「タリウスよ、ならば聞かせてもらうことにしよう。おまえが来る前に、皆から『条約』についてさまざまな異論を申し立てられていて、余としても一考の余地があるのではないか、と思えていたのだ。おまえの話が助けになってくれるのであればありがたい」
目下の者に意見を聞くのを厭わない王の姿に、家臣たちは等しく感銘を受け、セイもぱーっと顔を輝かせる。
「ありがとうございます! 陛下ならきっと話を聞いてくださると信じてました。そんなお優しい陛下が、わたしは大好きです!」
喜び勇んで勢いよく頭を下げた拍子に、セイの長いポニーテールがぴょんぴょんと飛び跳ねるのを見て、
「もう夜も遅い。早く本題に入るように」
国王スコットは謹厳な態度を崩さずに言い渡すが、自己規制に長けた若者の耳だけが真っ赤になっていることに、最も身近に仕える侍従長ですら気づいてはいなかった。
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