第287話 女騎士さん、報告する(その4)

国境警備隊が自国の村を襲撃するという前代未聞の事態に、謁見の間は水を打ったように静まりかえる。真に震撼すべき状況になったとき、人は叫ぶことを許されず、沈黙することだけを許されているのかも知れなかった。

「それで、警備隊はどうしたんだ?」

シーザー・レオンハルトの問う声は小さかったが、皆が口をつぐんだ広い部屋の中ではよく聞こえた。セイジア・タリウスは悪友の顔を見ることなく前を向いたまま、

「村を守るためにやむなく壊滅させた」

わたしだってやりたくてやったわけじゃない、という思いが女騎士の横顔に鮮やかに描かれているように見えて青年騎士は続ける言葉を見失ってしまうが、

「部隊を率いていたのはオートモさんですよね?」

その代わりにアリエル・フィッツシモンズがセイに訊ねた。少年にとって国境警備隊隊長のヴァル・オートモはかつて天馬騎士団で共に戦った仲間であり、黒獅子騎士団に所属していたシーザーにとっても頼れる年長者だった。だが、

「ああ。ヴァルも村に攻め入ってきた」

そのように答えた金の髪を戴いた女騎士の頭が小さく揺れて、

「そして、死んだ。ヴァル・オートモは間違いなく死んだよ」

絶望的な知らせをシーザーとアルにもたらす。ぎりり、と奥歯を噛みしめてから、

「まさか」

に続く言葉を発しないだけの自制心が「アステラの黒獅子」にも存在した。「おまえが殺したのか」という問いかけは、セイを責める意味合いも含んでいる。だから、口には決して出せなかったのだが、「金色の戦乙女」には青年の疑心が伝わったようで、

「ヴァル、あいつは部下の手に掛かって死んだ。わたしはあいつには生きて償って欲しかったのだが、力及ばず守れなかった。すまない」

声に後悔の念を滲ませて頭を下げてきた女子に「おまえは悪くない」と言ってやりたかったが、それにも増して、

(最悪だ)

という思いがシーザーの巨体を満たして、普通に立っていることまでも苦痛に感じてしまう。味方に裏切られて死ぬなど、騎士にとって最悪の死に様ではないか。しかも、守るべき庶民に襲いかかるという愚行の最中の死でもあり、二重の意味で最悪だと言えた。あんた、なんだってそんなことになっちまったんだよ、と怒ってやりたかった。だが、今となってはそれはかなわぬことであり、深い付き合いをしないままこの世から姿を消した色男に思いを馳せることしか、シーザーには出来なかった。瞑目する騎士団長の横では副長のアルが目に涙を浮かべて、在りし日の同僚との記憶を探っているようにも見えた。

(よかったな、ヴァル。おまえの死を悼んでくれる人もいるみたいだ)

深く知りすぎたがために「双剣の魔術師」に対して複雑な感慨を有するセイは、「わたしの分まで悲しんでくれている」とシーザーとアルに心の中で感謝すると、やや顔を上げ、

「ヴァル・オートモは死に際に『ジンバ村の襲撃に関して陛下のお許しを得ている』と言い残しました。これは真なのでしょうか?」

国王スコットへと訊ねる。そのただならぬ内容に重臣たちは思わず呻く。王が民を殺傷するなどあってはならぬことで、温和な今上がそのような暴挙に及ぶはずがないと信じたかったのだが、「ううう」と王は苦しげな唸り声を漏らしてから、

「国境警備隊がアステラに不法侵入した『龍騎衆』の一員にしかるべき措置をとる旨、それを事前に承知していたことには相違ない」

と国境警備隊隊長の証言が事実であると認めた。驚きの声が広間を満たし、困惑と失望が込められた視線が方々から突き刺さってくるのを感じて、宝石がちりばめられた玉座が針のむしろに代わったかのようないたたまれなさに若い王族は逃げ出したくなるが、

(それだけはできない)

とどうにかこらえる。そんなつもりはなかった。不当に国境を侵犯した者を追い払うものとばかり思っていたのだ、と釈明したかったが、彼は一般人ではなく一国の王であり言い訳が許される立場ではなかった。王者には不幸も不条理も悲運も受け止める責務があり、それから逃げ出してしまえば自分は自分でいられなくなる、と幼少時から将来の国王たるべく教育を受けてきた青年は、自らの浅慮で国民に被害を及ぼしたことを懸命に受け止めようとしていた。逃げずにその場に留まり続けることで、彼は辛うじて王としての資格をつなぎとめていたのかもしれない。表情を歪めて俯く王をセイはいくらか悲しげに見上げながら、

「では、陛下。どうしてそのようなことをお許しになられたのか、お教えいただけますか?」

と訊ねた。

(タリウスにはそれを知る権利がある)

誠実に回答するのもおのれの義務だと考えたスコット王は、少しだけ考えた後に口を開きかけたが、

「わたしが陛下に具申したのだ」

それに先んじて答える声が場内に低く響いた。

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