第288話 女騎士さん、報告する(その5)
「モクジュから入り込んだ『龍騎衆』を断固たる対処をするように、陛下に進言してお許しを得たのは確かだ」
しばらくぶりに口を開いた宰相ジムニー・ファンタンゴに満場の視線が集中する。
(あいつが黒幕というわけか)
ナーガ・リュウケイビッチは顔も体も長い政治家を横目でうかがう。実を言えば、この部屋に入った時点から男のことが気になっていた。明かりが煌々と照らされた大広間の中でファンタンゴの周囲だけが暗く見えたのだ。誰にも言えない後ろ暗い過去を持ち、現在も闇の中に棲む者だけが持つ雰囲気を少女騎士は敏感に察知していた。
「わが王国の中に許可なく入り込むのは重罪であり、ましてかつての敵国の軍人が潜入したとなれば、ただならぬ事態が勃発する恐れもあった。わたしの取った対応に何ら問題はない」
傷ひとつない御影石を思わせる答弁は、ファンタンゴが確固たる信念をもって今回の措置に及んだことを列席者に思わせたが、
「ヴァル・オートモはジンバ村の村長に『モクジュからの不法侵入者の連行に協力せねば村にも措置を取る』と言ったそうだが、それも貴殿の指図なのかね、宰相閣下殿」
セイジア・タリウスは何故かファンタンゴの方を見ずに前を向いたまま問いかけた。薄い唇から小さく息を吐きだした敏腕政治家は、
「ああ、もちろんだ。犯罪者をかくまい協力する者もまた同罪である。わが国民と言えど看過できるものではない」
暗記した法典の内容を読み上げるかのような淀みない回答を聞いたセイは「ふーん」と心のこもらない相槌を打ってから、
「モクジュからやってきた人たちはジンバ村によく馴染んでいる。しかも、中には結婚して村への永住を決めた人だっているんだ。そんな風に仲良くなった人たちを追い出すのに協力しろと言われて、『はい、そうします』などと聞けるものだろうか? 貴殿のやろうとしたことは法には反していないかもしれないが、人の心に反していると思わざるを得ないな、わたしとしては」
やや熱を帯びた口調で反論する。生意気にも言い返してきた小娘を条文や判例を持ち出して論破するのはたやすかったが、ファンタンゴはあえて黙り込んだ。
(こいつはお涙頂戴の人情話に持ち込もうとしている)
ディベートの名手はセイに同調しつつある場の空気を読んだのだ。大多数の人間は理屈でなく感情で動くもので(そのような「愚民」をファンタンゴは軽蔑していた)、宰相が杓子定規な言い分でもって女騎士をやっつければ、その分彼女への同情が高まり、彼は不利になるというわけだ。語るべきでないときに語らない、というのも雄弁術の重要なテクニックの一つであり、ファンタンゴはまさにそれを実践したわけである。いずれ流れがこちらへ傾くときが必ず来る。それまで好きにさせておくさ、と冷徹な政治家はいささか不利な状況でもまだおのれの勝利を疑うことはなかった。
「うむ。村の実情を確かめることなく強引な措置を取ろうとしたのは、当方に大いに問題があったと言わざるを得ない」
セイの話に心を揺さぶられたのか、暗い顔になった国王スコットに、
「陛下、ちょっとよろしいでしょうか?」
まだ大人になりきっていない少年の声がかけられた。顔を上げると、アリエル・フィッツシモンズが手を挙げて発言の許可を求めているのが見えた。やがて日付も変わろうとしている夜更けにまだ十代の騎士が健気なことだ、と沈んだ心がやや軽くなったのを感じた王は、
「フィッツシモンズよ、意見があれば申してみよ」
鷹揚に頷いてみせた。「はっ!」と背筋をぴんと伸ばしたアルは、
「恐れながら、状況を今一度確認したいのですが、今回の事案はモクジュ諸侯国連邦よりひそかに入り込んだ『龍騎衆』の排除のために国境警備隊がジンバ村まで出動した、ということで間違いありませんか?」
スコット王は顎に右手をやってしばし考え込んでから、
「うむ。それに相違ない」
と答えた。すると、アルの表情がみるみる険しいものとなって、
「それはおかしいです」
ぼそっとつぶやいた。
「何がおかしい、っていうんだよ?」
王が訊こうとするよりも先にアルの上官であるシーザー・レオンハルトが訊ねていた。「いえ、ですから」と団長の方を向いた少年副長は、
「国境警備隊の任務は国境においてわが国に不法に入り込もうとする人間を追い返すことであって、既に内側に入り込んだ人間を探し出して追い出すのは任務に入らないんです」
ああ、そう言われてみると確かにそうか、と納得しかけたシーザーが、
「じゃあ、侵入者を追い出す役目は本来なら何処が担当するんだ?」
とさらに訊ねると、
「それは警察のやるべき仕事です。不法入国者を取り締まる部署だってありますので」
専門外にも詳しい部下の説明を一通り聞いた「アステラの若獅子」は、ぽん! と手を叩いて、
「そして、警察にも手が負えないほど大量に入り込んできた場合は、王立騎士団が出動するわけか。国内の治安を守るのはおれらにとって大事な仕事だもんな」
「はい、その通りです。びっくりしました、レオンハルトさんでも正解を出すことがあるんですね」
素直に褒めてくれない少年に腹を立てるシーザーを無視したアルは主君の方へと向き直り、
「つまり、国内において不法入国者の対応に当たるべきなのは警察または王立騎士団であって」
今回ジンバ村に国境警備隊が向かったのは不適切だと考えざるを得ません、ときっぱりと断言した。
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