第286話 女騎士さん、報告する(その3)
(「ぐっ!」じゃないだろ)
国王の御前でサムズアップを決めたセイジア・タリウスに呆れながらも、ナーガ・リュウケイビッチは部屋中からたくさんの視線が突き刺さってくるのを感じた。セイが持ち出したモクジュという国名が、居合わせた人々の好奇心をそそったのだろう。いや、好奇心だけではない、とナーガが認めざるを得なかったのは、このアステラ王国にとって彼女が生まれ育ったモクジュ諸侯国連邦は数年前まで敵国だった事実が存在したからで、戦争が終わったとはいえ敵対心が消え失せているとは言いかねたからだ。戦で身内が被害を受けた者もいるかもしれず、「龍騎衆」に所属していた対戦国のエリートを歓迎するムードが醸成されているとはとても言えなかった。しかし、
(それも承知の上だ)
「王都チキまで一緒に来てくれ」と金髪の女騎士に誘われた時点で覚悟は決まっていた。アステラとの「延長戦」をやってやるつもりでここまで来たのだ、今更オタオタしても始まらない、と勇気ある少女騎士はそっと溜息をついてから、セイのすぐ横で彼女と同じように膝をつくと深く
「アステラ国王陛下に拝謁の栄に浴し、このナーガ・リュウケイビッチ、まことに恐悦至極にございます」
「
「現在、故あってこの王国に身を寄せていながら争闘に及んだことはいくら詫びても足りるものではございませんが、それもひとえに罪なき人々に降りかかる火の粉を払いのけるためであり、このわたくしめが望んでしたことではない、と申し上げておきます」
国王陛下の寛恕を乞う所存でございます、と述べたナーガの振舞いは実に清々しいもので、異国への敬意と自国への誇りが共存した態度は謁見の間に漂っていた彼女への警戒心をいくらか和らげる効果を確実に持っていた。
「リュウケイビッチ殿、と言われたか」
国王スコットは初めて面会する少女騎士を穏やかな目つきで見下ろして、
「貴公を責めるつもりなどない。むしろ、タリウスとともにわが臣民を救ってくれたことに礼を言わねばならない」
異邦より来た騎士を尊重した物言いに、「はっ! ありがたき幸せにございます」とナーガは感謝の意を伝えるが、
(ちょっと待て。「龍騎衆」だと?)
若き王の心中には困惑が広がっていた。自国を苦しめたモクジュの精鋭部隊を君主として当然知ってはいたが、しばらく前にもその名を聞いた覚えがあったのだ。当時は「平和条約」の締結のために忙殺されていたので、詳細をよく記憶してはいなかったが、「龍騎衆」と聞いて何かを決めたのは間違いなかった。一体何だったのか、と頭の中の引き出しを開けようとしている王に向かって、
「陛下、何か思い当たることがおありのようですね」
セイジア・タリウスが顔を上げて問いかけてきた。許可もないのに家来が主君に話しかけてくるのも異例だったが、それにも増してこちらを見上げてくるセイの視線の強さにスコット王は思わず絶句してしまう。
(なんという目で余を見るのか)
彼女が王を見るとき、その瞳にはいつも敬愛や忠誠心が込められていたが、今はそういった感情は全て消え去って、ただただ青いだけだった。純粋な色彩がおのれを裁こうとしている、と王国の頂点に立つ青年は背筋が寒くなるのを感じたが、
「ちょっと待ってくれ」
シーザー・レオンハルトが突然大声を上げた。王が会見している最中に割り込むなど処罰に値する無礼な行為だったが、もともと礼儀をわきまえていなかった騎士団長に、
(レオンハルト殿なら仕方ない)
と周囲も特に目くじらを立てなかったので、世の中何が幸いするかわからなかった。
「なんだ、シーザー? 話があるなら後にしてくれ」
むっとした顔で振り返ったセイに、
「ああ、わりい。でもよ、ジンバ村を襲った連中が何者なのかどうしてもわからねえから、確かめておきたかったんだ」
青年騎士が本気で悩んでいるのがわかって、セイもそれ以上注意する気になれずに前へと向き直ると、
「それについても、陛下が御存知のはずだ」
採用お断りの通知を読み上げるかのような熱のない口調でつぶやいた。「は? なんで陛下が知ってるんだよ?」と訊き返そうとしたシーザーだったが、「アステラの若獅子」の優れた視力は、玉座にある主君の顔から血の気が引いているのをしっかりと確認していた。
(まさか、まさか)
アステラ国王スコットは決して暗愚ではなく、平均以上に優れた知性を有する青年である。だから、ヒントをいくつか提示されれば、教えられるまでもなく自ら答えにたどりつくことができた。しかし、それと同時に自らが誤った決断をしたことにもいち早く気づいてしまっていた。
(おわかりになられたようだ)
かつて仕えた王が真相を理解した、と見て取ったセイジア・タリウスは、
「ジンバ村を襲ったのはアステラ王国国境警備隊だ」
とシーザーに事実を端的に告げた。
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