第284話 女騎士さん、報告する(その1)
話は再び深夜のアステラ王宮に戻る。
セイジア・タリウスに鼓舞されたアステラ王立騎士団が数にして大幅に勝るマズカ大鷲騎士団を撃退するはずだ、との知らせをナーガ・リュウケイビッチから聞かされて、
「マジか」
騎士団を率いるシーザー・レオンハルトは顎が外れんばかりに口を大きく開けてしまったのだが、
「セイさんの励ましはよく効きますからねえ。ハートにガツンと来るんです」
かつて「金色の戦乙女」の下で働いていた副長アリエル・フィッツシモンズが「うんうん」と頷いているのを見て、それ以上疑うことも出来なくなった。実際に体験した人間がいる以上、妄言だと否定は出来ない。それに、信じがたいことをいともたやすくやってのけてしまうのが、彼の恋する女騎士なのだ、というのをシーザーは忘れてはいなかった。
(まあ、うちの連中が生き残ってくれるのならなんだっていいさ)
(さすがです。さすがすぎます)
また返さなくてはならない恩が増えてしまった、と思いながらも、久々に逢うセイの横顔からシーザーもアルも目が離せなくなっていた。
(どうにか無事に済んでくれたようで本当によかった)
そして、国王スコットもまた大いに安堵していた。謁見の間に踏み込んできた兵士たちは去り、急襲を受けていた騎士団も危機を乗り越えられそうだ、という知らせを受けて、全ての苦難が解決したものと思い込んでいた若い君主は、今夜彼が対処しなければならない最大の難題がこれからやってこようとしているのにまだ気づいてはいなかった。かりそめの平穏に満たされた王は、
「久しいな、タリウス」
2年半前に騎士団を離れた金髪の女子に向かって玉座から声をかけたが、どういうわけか彼女は真っ直ぐに前を見ているだけで、かつての主君の顔を見ようともせず返事もしなかった。明らかに礼を失した行為だったが、もともと堅苦しい作法を好まない娘だった、と大して違和感を抱くこともなく、
「今は都を離れ、東の国境付近で暮らしていると聞いたが」
さらに言葉を重ねると、びりり! と広い部屋中に静電気にも似た強烈な刺激が駆け巡り、王と同じく安心しきってきた政治家や官僚の顔からたちまち笑みが消え失せる。
(やっとみんな気づいたか)
セイの傍らに立つナーガだけは、金髪碧眼の騎士から湧き上がるオーラをずっと前から感じていた。音も色も臭いもしないが、触れただけで命を奪い得る強烈な殺気だ。セイジア・タリウスにとって大鷲騎士団を追い払ったのは前段に過ぎず、彼女にとっての本当の戦いはこれから始まろうとしているのだ。昂ぶらない方が無理というものか、と並んで立つセイに理解を示そうとする「
「その件に関しまして、陛下に申し上げたき儀がございます」
と言上する「金色の戦乙女」の声は竪琴のようになめらかで思わず聞き惚れそうになってしまう。戦士と天使の間をめまぐるしく行き来するセイの本性を捉えることは誰であろうと、もしかすると本人にも不可能なのかも知れない。ともあれ、
「国のために尽くした者に報いるのも王の務めだ。話を聞こう」
かつて王国のために大いに貢献し、そして今もまた混乱を見事に収めてみせた元騎士団長の願いを国王は当然のように受け入れた。
「では、恐れながら」
と、セイは一歩前に進み出ると、右膝を突き礼の姿勢をとって、
「このセイジア・タリウス、先だって陛下から暇を有難く頂戴し、今は王立騎士団に属さぬ身でありながら、宸襟を悩ませることとなると知りながら、あえてこの夜更けに参内つかまつりましたのは、ぜひとも陛下にお伝えしたき事柄があるからに他なりません」
「ほう。ということは、急を要する話なのであろうか」
「まさしく。陛下のご様子から察するに、いまだに叡聞には達していないようで、わたしも遠路はるばる来た甲斐があったというものです」
えっ? おまえ、こんなにちゃんと応対できるのか? 普段あんななのに? と女騎士が聞いたら激怒しそうなことをナーガはつい思ってしまうが、そのときのセイの態度は実に堂々たるもので、今は民間人でありながらその場にいる誰よりも威厳に満ちあふれ、礼儀作法にうるさい侍従長も「文句のつけようがない」と認めるしかなかった。ふむ、と国王は頷いてから、
「事情は相分かった。なんなりと申してみよ」
ブロンドの勇者に発言を許可する。それではお言葉に甘えて、と涼やかな笑みを浮かべてから、セイジア・タリウスは滔々と語り出した。
「つい先日、10日ほど前のことになりますが、現在わたしが暮らしている王国東部のジンバ村という小さな集落が、100人以上の賊に襲われました」
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