第283話 女騎士さん、鼓舞する(その8)

「行くぞ」

セイジア・タリウスがさっさと歩き出したので、

「あ、ああ」

ナーガ・リュウケイビッチは慌てて後を追った。戦闘はまだ終わってはいない。だが、勝敗の行方は優れた観察眼を持つモクジュの少女騎士には既に見えていたし、きっとアステラの女勇者も同じはずだった。マズカ帝国大鷲騎士団はその人数を大幅に減らし、アステラ王国王立騎士団の狂騒的なまでの攻勢を止めるのはもはや不可能だ。これから難局に立ち向かわねばならない金髪の騎士にとっては終焉を見届けるまでもない、ということなのだろう。

「早く戻らないと、『ぶち』がヘソを曲げてしまう」

目の前の戦いよりも練兵場の外につないだ気短な愛馬へと関心を移しつつあるセイに、

「おまえはいつもあんなことをしているのか?」

ナーガはどうしても気になっていたことを訊ねてみる。

「何の話だ?」

「いや、だから、さっきおまえは王立騎士団の連中に発破をかけたじゃないか。天馬騎士団を率いていた頃、戦いのたびにあんな風に演説していたのか、と訊いているんだ」

生真面目な娘が丁寧に説明してくれたので青い瞳の女子も「ああ、そういうことか」と飲み込めたようで、

「そんなことはない。大事なときにしかやらないとっておきだ。あれをやると、みんな次の日バテバテになって使い物にならなくなってしまうんだ。だから、どうしても勝たねばならない戦いの前にだけやるようにしていた」

なるほど、とナーガはセイの答えを素直に受け止めた。能力向上バフにもそれなりの代償は付き物なのだろう(帝国の騎士たちにはセイの鼓舞は能力低下デバフの効果を持っていたようにも見えたが)。あのような力を無制限に使えたらこの世界はひっくり返ってしまう、と「蛇姫バジリスク」がやや安堵していると、

「それに、わたしの方もまあまあきついんだ。さっき果物をかじったのに、もうおなかがぺこぺこだ」

ははは、と笑ったセイの横顔には空腹感だけでなく疲労もまた色濃く浮かんでいた。心身共にエネルギーを磨り減らしたようにも見えたが、ナーガはそれだけでなくいくらかの寂寥感も「金色の戦乙女」から感じ、そのことに戸惑っていた。

(こいつは騎士で収まる器じゃない。なりたいと望めば王にだってきっとなれる)

一騎当千の強さを誇る英雄が、凡人の届かない高みに立つ孤高の超人が、何をさみしく思うのか、と考えてから、

「だからだ」

と聡明な少女は自らの問いに答えを出す。天から特別な才能を与えられた者は人とは違う道を行かざるを得ない。セイジア・タリウスには共に歩いてくれる仲間がいないのだ。常人離れした力を持ってはいても、セイの心は自分とそれほど違わない、というのをナーガは一定の時間を共に過ごすうちにわかりかけていた。一人は誰だって寂しいもので、それは「金色の戦乙女」だって変わりはしない、と気がついた「蛇姫」は衝動的に両手でおのれの頬を、ぱん! と音が出るほど強く叩いた。

「なんだ? どうかしたのか?」

いつも落ち着いた娘らしからぬ突飛な行動に、セイは驚いて振り向くが、

「なんでもない。気合いを入れただけだ」

両頬を赤くした「相棒」を不思議そうに見つめてから、青い瞳の騎士は再び前へ向き直る。

(おまえが怪物になるなら、わたしだってなってやる)

ナーガはつい先刻セイを「ばけもの」と評してしまったのを恥じていた。それは彼女に対して負けを認めたに他ならないではないか。冗談じゃない。何度も何度も何度も敗れて煮え湯を飲まされて、このままで終われるものか。絶対に勝ってやる、と目の前で揺れる長いポニーテールを睨みつけて、

(セイ、決しておまえをひとりになんかさせないからな)

ナーガ・リュウケイビッチは強く深く考えていた。褐色の肌の美少女にとっては最強の女騎士への宣戦布告のつもりだったが、見方によっては友情の誓いとも受け止められる言葉であるのに、彼女自身はまるで気がついていなかった。

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