第279話 女騎士さん、鼓舞する(その4)

こっちに来い、とセイジア・タリウスが王立騎士団の団員たちに呼びかけたのに、

(無理を言うなよ)

とナーガ・リュウケイビッチは呆れた。「遊びに行こうぜ!」と友達を誘いに来た男児のように声を張り上げたところで、大勢の騎兵に囲まれ喉元に剣や槍を突きつけられている連中が出て来られるはずがないではないか。その点はセイの敵であるジュリウスも同感だったようで、

(やはりこの女はどうしようもない愚か者だ)

けけけ、と勝ち誇った笑い声をあげかけた寸前に、どん! どどん! と大きな音があたりに立て続けに響き渡った。

「えっ?」

モクジュの少女騎士も大鷲騎士団副長も、正確を期せば金髪の女騎士以外の全員が驚きの声を上げたのは、練兵場にできたいくつもの輪が目に見えて動き出していたからだ。中に追い詰めたアステラの戦士たちを逃がさぬように水一滴も漏らさぬほどの厳重な構えがあっという間に乱れて破れようとしていた。

「うわっ、何をする!」

「ええい、やめないか!」

包囲陣を形成していた帝国の騎士たちは武器を振りかざしながら必死で叫ぶが、一度始まった崩壊を止めることはできず、瞬く間に全てのリングが消え失せ、その内部に閉じ込められていた者たちが、どどどどど! と地響きのごとき足音とともにひとかたまりに結集していた。はあはあ、と懸命に抗ったために息を大きく乱した男たちの視線の先には、彼らを優しく見つめるふたつの青い瞳の輝きがあった。女神のような声を聞いて命がけで決起した男たちにとって、それはいかなる宝石にも勝る報酬と言うべきだった。

「タリウス団長!」

かつて彼女の部下だった者たちは再会の喜びに胸を震わせ、

「セイジア様!」

彼女が辞めてから騎士団に新たに入った者たちは初めて間近で見る憧れの女性の姿に息を飲み込んだ。

「お声を聞いたときは、まさか、と思ったが、本当にいらしていたとは」

王立騎士団一番隊隊長は半ば呆然としながらつぶやく。死に瀕した願望がもたらした幻聴ではなく、かつての上官が救いに来てくれたのだ。

(おれたちを見捨てずにいてくれたとは、なんてありがたいことだ)

感謝の念が中年男の身体を満たし、むくつけき顔を嬉し涙が濡らしていく。

「すごい! 実物は100万倍かわいい!」

今年入団したばかりの、いまだにニキビに悩まされている十代の新入りは胸が高鳴るあまり死んでしまいそうな気持になっていた。彼は熱狂的なセイのファンで、懐にはいつも「デイリーアステラ」お抱えの女流画家メル・フェイルが描いた「金色の戦乙女」の絵姿をこっそり忍ばせていたが、初めて生で見る彼女の魅力はまさしく桁が違うもので、一目で虜になっていた。

(もうこれで死んだっていい。いや、違う。あの人のために生きなくちゃいけない)

勉強も運動もできなかった落ちこぼれの自分が騎士団に入れたのもセイへの想いがあったからだ。彼女と同じ道を歩き、少しでも近い場所に行きたい。一生をかけて追いついてやるんだ、と平凡な少年は非凡な人生を歩む決意をしていた。

「セイジア! セイジア! セイジア! セイジア! セイジア!」

普段は鍛錬のために使用されている広大なフィールドに、セイの名を呼ぶ男たちの野太い声が満ち溢れ、アイドルのコンサート以上の大盛り上がりを見せる(考えてみれば、最強の女騎士は以前舞台に上がってアイドルみたいに歌って踊ったこともあったのだが)。

一体何が起こっているのか、と事態を飲み込めずに副長ジュリウス以下大鷲騎士団の面々が立ちすくんでいる中で、

「うむ。みんな元気そうで何よりだ」

セイジア・タリウスは満足げに大きく頷いた。よく見知った顔もいれば見慣れない顔もいた。だが、どの顔にも気合が満ち満ちていて、誰もが戦う男の表情をしていた。これならわが王国は安泰だ、と安堵した女騎士がゆるやかに右手を上げると、それまでの喧騒が嘘のように、ぴたり、と夜の練兵場はたちまち静まり返った。ひとわたり王立騎士団のメンバーを見まわしてから、

「久しぶり、のやつもいれば、初めまして、のやつもいるのだろうが、まとめて挨拶するぞ。わたしはセイジア・タリウスだ」

小さく会釈すると「うおーっ!」と怒濤のごとき歓声が夜空へと沸き上がる。「名乗っただけでこの反応か」とセイの人気の高さにナーガは何も言えなくなるが、金髪ポニーテールの騎士の話は続く。

「こうしてせっかく会えたのだから、いろいろ話したいこともあるが、残念ながら今はお互いにその余裕がない。わたしには他にやるべきことがあって、おまえたちはこれから敵を討ち果たさなければならない」

「は? 敵って?」と王国の騎士たちが等しく抱いた疑問が凝り固まって空中に大きなクエスチョンマークを形成したのが見えたかのように、セイは噴き出して、

「おいおい。おまえたちは今までひどい目に遭わされていたじゃないか。そいつらにやり返したいと思わないのか?」

ということはまさか。「金色の戦乙女」の真意を理解した男たちは愕然とする。セイジア様は、おれたちにマズカの連中と戦えと言っているのか?

「今の状況を簡単に整理しておこう」

兵士の戸惑いを知ってか知らずか、セイはレクチャーを開始する。

「大鷲騎士団は王立騎士団の3倍を超える人数を擁していて、おまえたちと違ってちゃんとした武器を持っているうえに馬にも乗っている」

そうだ、その通りだ。だから、まともに戦って勝てるわけがない、というのは子供にだってわかることではないか。そんな不平不満を浮かべた騎士たちに向かって、

「さて、そんな両者が戦ったらどうなるのか、というと」

かつての天馬騎士団団長セイジア・タリウスは白い歯をきらめかせてにこやかに笑った。

「われわれ王立騎士団の勝利は固い、というか、はっきり言って楽勝するに決まっている、ということだ」



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