第278話 女騎士さん、鼓舞する(その3)
虐殺、と聞いてぎょっとなったジュリウスと彼の部下たちを見て、
「おいおい、まさか、自分たちが今から何をしようとしているのかわかってなかったのか?」
セイジア・タリウスはさも可笑しそうに笑った。他人から指摘されて初めておのれの非道に気づくというのも妙な話だ、と思いながらもう一度目の前の光景を眺めて、
「シーザーとアルが留守の間を狙って、わが騎士団を陥れたというわけか。2人がいればこんな囲みはすぐに突破しているだろうし、それ以前に包囲されてもいないだろうからな」
しかしそうなると、と可愛らしく小首をかしげて、
「あの2人も今頃面倒に巻き込まれているかもしれないな。そして、このアステラにもいよいよ危機が迫りつつあるのかもしれない」
女騎士はほぼ同時刻に始まっていた王宮での陰謀劇を看破していたわけだが、その美貌には懸念は露ほども見当たらず、
「あと一日でも村を発つのが遅れていたら間に合わなかったかもしれないが、なんとかなったようだ」
自分がやってきたからにはこれ以上好き勝手にはさせない、という決意が曙光のように輝いているだけだった。いきなり現れてべらべらしゃべりまくる女子をいまいましげに睨みつけたジュリウスは、
「貴様、『金色の戦乙女』だな? 一体何の用だ?」
マズカ帝国の騎士団で副長を務めるだけあって、それなりの眼力は備わっているらしく、セイの正体にもすでに気付いていた。
「さすがは有名人」
隣に立つナーガ・リュウケイビッチにからかうように言われても、自らの名声を重荷にしか感じていない金髪の女子は「ほっといてくれ」としか返さなかったが、唾を飛ばしてわめき散らす傷だらけの騎士の方へ向き直って、
「わたしも諸君のことはよく知っているぞ。かのソジ・トゥーイン殿が率いる帝国最強の呼び声も高い大鷲騎士団だな?」
にやりと笑ってみせると、馬上の男たちの身体がまたしてもぶるりと震えた。この女、何処まで知っているのか? と考えが読めずに身動きが取れなくなる。「はっ!」とジュリウスは無理矢理大声を絞り出すと、
「まさしくその通り。われわれ大鷲騎士団は偉大なる皇帝陛下のご命令のもとに任務を遂行中である。いくらセイジア・タリウスだろうと邪魔立ていたすと容赦はせんぞ」
話しているうちに自信が回復してきたのか、
「まあ、逆らおうというなら止めはしないが。貴様一人でこれだけの人数を相手にしてただで済むとは思えんがな」
闇に溶け込んだ数百人の軍勢を背後にして脅しを利かせる。本人としては挑発の意味を込めて不敵に笑って見せたつもりなのだろうが、シーザー・レオンハルトに負わされた怪我のために包帯でぐるぐる巻きになった状態では、いまひとつ効果的ではなくむしろ滑稽に見えてしまっていた。
「セイ、おまえがその気ならわたしも手伝うぞ」
ナーガが腰に巻いた鉄の鞭に手をやりながらセイに声をかける。「金色の戦乙女」に同行している身としては、彼女が戦うとすれば見て見ぬふりはできなかったし、モクジュの少女騎士にとってマズカは数年前まで敵国でもあり、個人的に戦う理由がないわけではなかった。いささか気負った「
「いや、そのつもりはない。わたしが出るまでもない」
セイジア・タリウスは腕を組んで低い声で答えた。意外な言葉にナーガは驚き、「ぎゃはははは!」とジュリウスは馬鹿笑いを炸裂させて、
「そうだろう、そうだろう! それが賢明というものだ! 貴様のような雌犬が出る幕ではないわ。とっとと消え失せて、お人形遊びでもしていろ」
所詮はこの程度の女なのだ。見掛け倒しもいいところだ、と醜悪な人間性を露呈させて哄笑する大鷲騎士団副長に、
「おい、あんなことを言わせておくのか」
自分が笑われたわけでもないのにナーガが憤るが、嘲笑の対象になってもセイは顔色一つ変えず、
「なあ、そこのミイラ男。おまえ、もっと本を読んだ方がいいぞ」
あまりに冷静なアドヴァイスにジュリウスの笑い声がぴたりと止む。
「は? なんだって?」
「おまえもそれなりの地位にある人間だろうから忠告してやるが、他人の言葉を理解する能力が欠けているのは考え物だ。それを身につける一番いい方法は読書なんだ。肉体を駆使する騎士だからこそ頭脳もしっかり鍛えなければならない、と心するべきだ。朝の涼しい時間に声を出して朗読すれば、健康にもいいからおすすめだぞ」
いきなり金言を授けられて「ぽかーん」と馬鹿面を晒す男に、「せっかくいいことを言ってやったのに」とセイは溜息をついて、
「さっきわたしが何と言ったのか、ちゃんと思い出せ。『わたしが出るまでもない』と言ったんだ。まあ、おまえのようなミドリムシ以下の知能のやつにもわかりやすく説明してやると、この程度の状況、わたしとナーガが動かなくても解決できる、と言ってるんだ」
きっぱり言い切られて、敵である帝国の騎士たちは唖然となったが、「いやいやいや!」と一応仲間であるナーガも仰天してしまう。
「一体何を言ってるんだ。わたしたちが助けなくて誰がやるというんだ?」
そうだそうだ、と敵対する立場のジュリウスも部下たちも思わず心の中で同意してしまうが、
「そりゃあもちろん、あいつらにやってもらうに決まってる。確かにわたしが出て行けばすぐに片付くが、自分のミスは自分で取り返さないと結局は本人のためにもならないしな」
と、かつての天馬騎士団団長はにっこり笑って、
「おーい! おまえたち、ちょっとここまで来るんだ!」
数個の輪の中に閉じ込められた王立騎士団のメンバーに向かって高らかに呼びかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます