第276話 女騎士さん、鼓舞する(その1)

時間をやや遡る。


「どういうことなのか、ご説明していただきたい!」

夜更けの練兵場にアステラ王国王立騎士団一番隊隊長の叫びが響き渡る。しかし、ずんぐりした背格好の中年男の悲鳴に近い声に答える者は誰もなかった。団長と副長が参内している今、ナンバースリーのこの男が留守を預かっていたのだが、彼が所属する騎士団は予想外の事態に見舞われていた。ここ数日、マズカ帝国から遠征してきた大鷲騎士団との合同演習に臨んでいた王立騎士団の面々は、この日も朝からほぼ実戦に等しい厳しい訓練をどうにかやり抜いて、独り身の者は寮へ、家族のある者はそれぞれの自宅へと帰ろうとしたのだが、

「夜間の演習を行うことになった」

マズカ側から連絡が入ったので居残りを余儀なくされることとなった。「ずいぶんいきなりだ」と誰もが思ったが、すぐに「そういうこともあるのか」と思い直した。戦闘は日中に限られたものではなく、夜に戦う際の備えもしておくべきなのだろう。というわけで、「腹減った」「眠たい」などとぶつくさ言いながらも王国の騎士たちはとっぷり日が沈んだ夜のフィールドに集合したのだが、異変が起こったのはそれから間もなくのことだった。どかどか、と馬に騎乗した集団が練兵場に雪崩れ込んでくると、たちまち戦士たちを取り囲んで、

「武器を捨てろ」

と命じてきたのだ。しかも、そう言ってきたのは昼間ともに肩を並べて運動したマズカの騎士たちだったのに面食らってしまう。ある種の悪ふざけ、「どっきり」なのか? と戸惑ってから、

「いや、これも訓練の一環なのかもしれない」

非常事態において平常心を保てるかどうかを試すいささか性質タチの悪いやりくちではないか、と考えようとしたが、

「逆らえば命はない」

と告げてきた声には夜の闇よりも黒い殺意が感じられて、「これは訓練ではない」と否応なく思い知らされる。武装を解除させられた騎士たちは、いくつものグループに分けられて、それぞれの小集団をマズカの兵士たちが取り囲み、仮に練兵場を上空から眺めたなら、いくつもの輪っかが出来上がっているのを確認できたはずだった。

(よりによってこんなときに)

ハプニングに見舞われた一番隊隊長は唇を強く噛みしめる。シーザー・レオンハルトとアリエル・フィッツシモンズが不在の状況でこのようなアクシデントが起こるとはよくよくついていなかった。もちろん、王立騎士団で第三位の位置を占めるだけあって、彼もまた一流と呼ぶにふさわしい戦士ではあったが、「アステラの若獅子」と「王国の鳳雛」という2人の強烈なカリスマの持ち主と比べるとどうしても見劣りしてしまうのは自分でも否定できなかった。

(いや、違う。これは偶然ではない)

狙われたのだ、と真相に気づいたのもやはり彼が一流だからなのだろう。団長と副長、どちらか一人でも残っていればこんな状況にはなっていない。だから、2人がいない隙を衝いたのか、あるいは騎士団を陥れるために2人を誘い出したのか、そのどちらかなのだろう。しかし、今一番大事なのは「何故こういうことになったのか?」を究明することではなく、この場から無事に脱出することだった。とはいえ、丸腰の自分たちが武器を備え騎乗した敵(と認定せざるを得ないだろう)に立ち向かうのはあまりに無謀で、しかも数も向こうの方が勝っていて、こちらに有利に働く要素は何一つないと言えた。降伏、も男の頭の中で選択肢としてよぎる。自分の命と引き換えに部下たちを逃がしてくれ、と頼むことも考えた。しかし、

「どういうことなのか、ご説明していただきたい!」

先程から何度となく呼ばわっている問いかけに無視を決め込む相手が約束を守ってくれるとは思えなかったし、四方を取り囲む戦士の群れからは人間性らしきものは感じられず、インプットされた指示を実行することのみを目的とする殺人機械となり果てているのがひしひしと伝わってきた。

「やべえよ、やべえよ」

「もうおしまいだ」

背後から弱気の声とともにすすり泣きまで聞こえてきた。この前入団したばかりの新入りだろうか。

「身体はまあまあ仕上がってきたが、根性はまだまだだ」

とシーザー・レオンハルトがぼやいていたのは正しかった、と思った一番隊隊長は明日からは精神面の教育にも重点を置こう、と考えるが、遠からず殲滅される身であるのに「明日」を考えるのも馬鹿馬鹿しい、と噴き出しそうになる。

(シーザー団長かアル副長がお戻りになるまで持ちこたえられるのか?)

だが、おそらく2人とも出かけた先で足止めを食らっている、という直感があり、実際それは的中していた。つまり、窮地の王立騎士団に救いの手を差し伸べる存在は皆無だと認めるしかなく、アステラの兵士たちは武運つたなく一人残らず命を散らすのが必然なのだろう。やれやれ、戦争を生き延びて平和な世の中になったというのに、まさかこんな死に方をすることになるとは、と天を恨みつつ思わず夜空を見上げて、

(せめてもう一度、セイジア団長にお会いしたかった)

かつて天馬騎士団に所属していた男は、2年以上前に軍隊を離れた最強の女騎士の美しい勇姿を脳裏に思い描いていた。

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