第275話 女騎士さん、参上する(後編)

「ちっ!」

シーザー・レオンハルトとアリエル・フィッツシモンズがこちらへ向き直っているのに気づいたソジ・トゥーインは思わず舌打ちする。セイジア・タリウスの「殺意の矢」によって生じた一瞬の隙を見逃さないあたり、流石は「アステラの若獅子」と「王国の鳳雛」と呼ぶべきだったが、

(もはやこれまで)

間髪入れずに逃走に移った「マズカの黒鷲」もまた流石と評するべきなのだろう。3人もの一流の戦士を前にして勝ち目があるわけがなく、この場は一旦退いて次の機会にリベンジを狙うべきだった。

(このままでは済まさんぞ、セイジア・タリウス)

黒い甲冑をまとった帝国の騎士は復讐の炎で胸を焦がしながらも、足を止めることなく宮殿の外へと駆け抜けようとする。謁見の間に取り残された十人ほどの大鷲騎士団の兵士たちは、おのれの影を置き去りにするほどの速さで団長が姿を消した扉の向こうを呆然自失の体で眺めることしかできずにいたのだが、

「おい、おまえたち」

そんな彼らにセイが声をかける。

「親鳥が飛んで行ったぞ。どももさっさと後を追うといい」

惑星の外から見下ろすがごとき「超」が付くほどの上から目線で帝国が誇る精鋭たちに命じる「金色の戦乙女」。客観的に見れば、数に勝る屈強な男たちがたったひとりの女性を取り囲むことも可能なようにも思われるのだが、「黒鷲」をも退却させた女戦士に太刀打ちできるはずもない、と彼らは本能的に理解し、強制的に理解させられてもいた。抵抗しようなどと心の片隅に思い描いたが最後、たちまち頭と胴が泣き別れてこの世とおさらばしなければならなくなる。かくして、部下たちもトゥーインの後を追って遁走する羽目となった。王宮の安寧を乱した闖入者が全員あまりにあっけなく消え失せたのに、王も付き人も政治家も「夢でもみているのか?」と頬をつねって確認したくなってしまう。

「邪魔者は全ていなくなったな」

今年の汚れを今年のうちに拭い終えたかのような気持ちよさそうな笑顔を浮かべてから、セイは早速本題に移ろうとする。「マズカの黒鷲」とその部下を排除したのはついでにやったことで、彼女にはまだ他にやるべきことがあったからだが、

「やべえっ!」

むやみにでかい声で叫ぶのは誰か、と思えばセイもよく知るシーザー・レオンハルトがその巨体を震わせて愕然としているのが目に入った。

「どうした、シーザー? 家の戸締りでも忘れたのか? おまえの家には金目のものなんか置いてないんだから気にすることはないだろ」

もしも泥棒が入ったとしても、騎士団長とは思えぬ質素な暮らしぶりに同情して、物を盗むどころか逆にはした金を置いて帰りそうなものだ、とかつて青年のアパートを訪れたことのある女騎士は茶化したが、

「そうじゃねえよ。うちの野郎どもがやべえんだよ」

「はあ?」

シーザーが本気で焦っているのに気が付いたセイが首を傾げると、

「レオンハルトさんの言う通りです。わが王立騎士団が人質になっているんです」

顔面蒼白になったアリエル・フィッツシモンズから大鷲騎士団によってアステラの騎士たちが囚われの身になっているとの事情が説明される。王宮での危機は脱したがもうひとつの非常事態はまだ続いていることに気づいた重臣たちも少年騎士と同じように顔色を失くしたが、

「ふーん、へえ。あ、ということは、あれはやっぱりそういうことだったのか?」

セイジア・タリウスだけは独り言をぶつぶつ言いながら全くもって慌てる素振りを見せなかった。

「だからだな、今すぐにでも助けに行かなくちゃならねえんだ」

シーザーが焦りを隠さずに大声を上げる。この場から逃げたソジ・トゥーインたちが本隊に合流する可能性だってあるのだ。ぐずぐずしているわけにはいかない、と考えたからだが、

「それには及ばない」

どういうことか、セイはきっぱりと断言した。いつも以上に平然としているかつての上官にアルは目を丸くしながら、

「そう言われましても、うちの騎士団よりも帝国の軍隊の方がずっと多い人数なんです。抛っておくわけにはいかないじゃないですか」

いつも聡明な少年が部下を心配して冷静ではいられなくなっているのがわかって、

「いや、だから、ちゃんと大丈夫だから安心しろ、って言ってるんだ」

女騎士はどうにかなだめようとするが、何が大丈夫なのかさっぱりわからない王立騎士団の団長と副長がさらにパニックに陥りかけていると、

「セイジア・タリウス! 貴様、やってくれたな!」

怒声とともに大広間に何者かが足音も高く入ってきた。見知らぬ人間がやってきたので、また乱暴を働かれるのではないか、と王や政治家たちは不安になったが、入室したのが若い娘だと分かると警戒感はたちまちやわらいだ。短く切りそろえた黒い髪、チョコレート色の肌、金色に光る瞳、どれをとっても美しい、野に咲く花のごとき清潔感を漂わせた少女に恐れおののく方が難しいというものだ(ほっそりした身体を包む鎧に威圧感はまるでなく、彼女を美しく飾り立てる役割しか果たしていなかった)。その美貌に不満をありありと浮かべた娘はセイの方へと足早に近づいていく。

「よう、ナーガ。ずいぶん遅かったが、トイレにでも行っていたのか?」

下世話なことを言われた若い女子(言ったのも若い女子だが)は顔を真っ赤にして、

「ふざけるのも大概にしろ、この大馬鹿者め。おまえが一人で勝手にどんどん先に行ってしまうから、何処に行ったらいいかわからなくて迷っていたんだ」

わたしは王宮どころかアステラの都に来るのだって初めてなんだ、とかなりの剣幕で苦情を言われて、さすがに申し訳なくなったセイが「ごめんごめん」とぺこぺこ謝っていると、

「ナーガさん、あんたも来たのか?」

シーザー・レオンハルトがあんぐりと口を開けて訊ねてきた。青年と以前会ったことのある少女―ナーガ・リュウケイビッチ―は「相変わらず無駄にでかい男だな」と思いながら深く息を吸い込んで、

「まあな。わたしにとっても関わりがあることだし、この馬鹿を一人で都まで行かせるとまた馬鹿をしでかすに決まっているからな。行きたくなくても一緒に行かねばならない、というわけだ」

あんまり「馬鹿」「馬鹿」言うなよ、というセイの抗議を無視して、

「シーザー・レオンハルトにアリエル・フィッツシモンズ。おまえらこそどうしたんだ?」

2人の騎士の様子がおかしいのを「蛇姫バジリスク」は見逃したりはしなかった。「実はこれこれこういうことで」と王立騎士団のピンチについてアルから話を聞いたナーガが、

「それなら心配は要らない」

とセイと同じ反応を取ったので、シーザーとアルは唖然となり、「ほら見ろ」と金髪の騎士はどや顔になる。

「そんなこと言ってもよ、何もしないわけにはいかないじゃねえか」

不安を隠せない「アステラの若獅子」に、かつてモクジュ諸侯国連邦が誇る「龍騎衆」の一員でもあったナーガは、

(案外部下思いなんだな)

と青年騎士を見直しながら柔らかな微笑みを浮かべて、

「アステラ軍はマズカ軍と目下交戦中だ」

驚くべき情報をもたらした。

「そして、まず間違いなくアステラが勝つだろう」

だからおまえらが助けに行くまでもないんだよ、とナーガ・リュウケイビッチはシーザーとアルを見返しながら力強く言い切った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る