第254話 女騎士さん、都に着く(その1)
日が沈んだばかりの街道を二頭の騎馬がつむじ風を巻き起こしながら疾走していくのに、道端をたまたま歩いていた人々は目を剥いて驚いた。
(もうすぐ都に入るぞ)
先を走るセイジア・タリウスは後に続くナーガ・リュウケイビッチにハンドサインでその旨を伝える。口で言わなかったのは、馬の走りによって濛々と立ちこめる砂塵を吸い込みたくなかったからだと思われた。
(この辺りはもう郊外なのだろう)
セイから伝えられるまでもなくナーガはアステラ王国の首都チキにもうまもなく到着するはずだと感じていた。道路沿いには家々が立ち並ぶのが見えて、田舎から都会へと近づきつつあるのは明らかだった。そして、
(本当に着くとはな)
辺境から王都まで、普通に行こうとすれば10日余り、急行しても5日はかかる道のりをわずか2日弱で走破するとは、2人の女騎士はまさしく驚異的なスピードで旅程をこなしたことになる。昨日の夜明け前には東の国境地帯にいたのを遠い昔のように思いつつも、
(しかも決して無理をしたわけでもない)
「
「それじゃダメだ。たとえ目的地に時間内に着けたとしてもバテバテで使い物にならなくなる」
金髪の女騎士はきっぱりと言ってのけた。彼女たちは大陸の今後を左右する重要な問題を解決するために王都に行くのであって、ただ着きさえすればいいというものではない、というのはナーガにもすぐに理解できた。
「だから、休憩はしっかりとる。もちろん睡眠も食事もだ」
というわけで、昨日の早朝にジンバ村を旅立った2人は小休止を挟みながら暗くなるまで走った後で、とある牧場で一晩を過ごすことにした。
「この子の生まれた場所だ」
そう言ってセイは「ぶち」の頭を撫でた。半年以上前、ジンバ村へと向かう途中で立ち寄った牧場で、暴れ回って皆を困らせていた仔馬(にしてはかなり巨大だったが)を見初めたセイは「彼」を見事に乗りこなして、自分を主人と認めさせるのに成功して、愛馬として譲り受けたのである。
「まさか、あのときのじゃじゃ馬娘がセイジア様だったなんて」
ザマ牧場の厩務員たちは鎧を纏って見違える姿になった女子との再会に驚きながらも大いに歓迎し、
「あの乱暴者が立派になったものよ」
牧場主のザマ老人はたくましく成長した「ぶち」を見て目を細めた。この牧場を巣立ったときから身体も一回りか二回りでかくなっていたが、それ以上に心が強くなっていまや堂々たる風格までも漂わせていた。
(じいさんもまだくたばってなかったようで何よりだぜ)
ひひひん、と笑う若い駿馬も厄介者だった自分を根気強く育ててくれた老人への恩義を忘れてはいない、というのは炯々と光るふたつの眼を見ればわかることだった。ともあれ、セイとナーガは牧場で泊まれることとなり、晩ご飯をごちそうになってから、普段は厩務員が寝泊まりしている部屋で短いながらも睡眠を取ることが出来た。2日目も夜明け前に出立すると、2人は東から西へと快調な速度で向かった。ナーガは牧場で新しく白馬に乗り換えたのだが、セイは相変わらず「ぶち」にまたがり、
(おらおらおらーっ! どけどけーっ!)
前日も長距離を走ったとは思えないほどに元気溌剌な大きな茶色い馬に、
(それくらいの馬鹿力がないとセイジア・タリウスの馬としてやっていけないのかもしれない)
モクジュの少女騎士は呆れながらも感心せずにはいられなかった。かくして、十分な余裕をもって短い旅を終えられそうだと安堵していたナーガは、前方に大きな建物があるのに気づく。二階建てでどの窓にも明かりがともっているのが見えた。
(旅籠か)
この物語の舞台になっている世界の大都市のはずれにはお決まりのように宿屋があって、都会へと向かう人を出迎え、また都会を離れる人を送り出す中継基地の役割を果たしていた。しかし、先を急ぐ今の自分たちには関係がない、と思っていた「蛇姫」は前を行くセイの右手が「止まれ」のサインを出したのにとまどった。どういうことか、と思っているとアステラの女騎士は道を外れて宿屋の方へと向かって行くではないか。腹ごしらえでもするつもりだろうか、と思ってから自らも空腹だったのを思い出してナーガは顔を少し赤らめたが、セイは仲間を気にすることなく、歩調を緩めた「ぶち」に乗ったまま、宿屋の表に並んだ馬車に近づいていく。駅馬車や郵便馬車が何台もある中で、個人専用と思われる二頭立ての馬車が一台だけあった。黒く塗られた車体は汚れて、長い旅をしてきたばかりだと見受けられたが、
「もしやと思いましたが、やはりそうだったのですね」
セイがその馬車に向かって声をかけると、窓が音もなく開いて、
「おお、セイジアではないか」
彼女の兄セドリック・タリウスが顔をのぞかせた。
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