第255話 女騎士さん、都に着く(その2)

「一体どうしたというのだ?」

馬車から出てきたセドリックが東の辺境にいるはずの妹に訊ねると、

「大事な用事を果たすためにここまで来たのです」

既に「ぶち」から下りていたセイは数日前に別れたばかりの兄を見つめてから、

「ようやく決心がつきましたので」

にっこりと笑った。

(そういうことか)

6歳年下の妹の顔を見た伯爵は得心する。ジンバ村で彼が伝えたある事柄のためにセイはずっと悩んでいたのだが、今の彼女には不安や心配といった薄暗い影はまるで見当たらない。確固たる決心がタリウス家の長女の中に根付いた現れだと見て取れた。

「それは何よりだ。それにしても、先に出発していたわたしに追いつくとは、だいぶ急いだと見える」

セドリックが村を出たのは5日前のことだった。戦災によって打撃を受けた領地の復興に一刻も早く取り組みたかったので、急いで本領まで戻ろうとしていた。

「まあ、そうですね、確かに昨日の早朝に出発してから、長時間騎乗していたので少々くたびれました」

妹の言葉に「きのう⁉」と叫びそうになるのをこらえたのは伯爵の貴族らしい自制心の賜物と言えるだろうか。3日分の遅れを取り戻すなんて人間業とは思えない、と呆気にとられながらも、

「しかし、それほど急いだということは、かなり無理をしたのではないか?」

実の妹を気遣うあたり、セドリック・タリウスは善良な性格の持ち主だと言えるだろう。

「ご心配には及びません。騎士は身体が資本ですので、ちょっとやそっとのことでは壊れたりしません」

ははは、と高笑いするセイの背後にナーガ・リュウケイビッチが立っているのを見て、

「ナーガさん、妹に付き合わされて迷惑したのではないか?」

伯爵が気遣う。「なんだかひっかかる言い方だ」とセイがむっとしているのをよそに、

「いえ、わたしもいたって健康なのでどうかご安心を」

殊勝にも頭を下げて見せたモクジュの少女騎士は、

「確かに困難な道のりではありましたが、食事も睡眠もしっかり取れましたので」

ふっ、とかすかに微笑んで、

「コンディションを維持しつつ最高速度で長距離を移動するのはきわめて困難なことではありますが、思えばかつての戦において、あなたの妹御は大軍を手足のように操ってわれら龍騎衆をさんざん苦しめたのですから、それを考えれば2人きりの旅行を無事に済ませることくらい朝飯前なのかも知れません」

「なるほど。そう言っていただけるとありがたい」

うんうん、とセドリックが頷く一方で、「あれ? 褒めてくれてるのかな?」とセイは首を傾げた。いつも怒られてばかりで好意的に接してくれた覚えがあまりなかったからだが、

(褒めたくなくても褒めなくてはいけないだろう)

とナーガはひそかに思っていた。憎悪の的でしかなかった女騎士を認められるようになったあたりに、異国から来た少女は人間として確実に成長しているのだろう。

「ところで、兄上はどうしてここに?」

セイが訊ねる。この宿屋からタリウス家の本領まではさほど離れてはいない。兄の性格を考えるといちいち休憩を取るよりは多少疲れていても帰宅を急ぎそうなものだ、と実の妹らしく推測したからそのように訊いたのだが、

「ああ、実はここで人と待ち合わせをしているのだ」

兄の答えに、へえ、と感心してから「一体どなたと?」とさらに質問しようとしたそのとき、3人が立っている宿屋の前に一台の馬車が到着した。荷物の運搬用に使われる屋根のない車両だが、

「え?」

そこから下りた人物を見てナーガは思わず声を上げてしまう。ブルネットの髪を肩まで伸ばした若く美しい女性だ。雪花石膏アラバスターを思わせる白い肌、薔薇よりも赤い唇、眼鏡越しに見える菫色の瞳、そのどれもが地上の全ての芸術品を越えた、神にしかなしえない傑作としか思えない。しかも、とてもグラマーなスタイルをしているのに加えて肩ともあらわな黄色いドレスを着ていて、胸の深い谷間には鶏卵ほどの赤い宝石が埋まっている。その魅力はもはや破壊的とまで言ってよかった。

(とんでもなくセクシーだ)

と思ったのは「蛇姫」だけではなかったようで、客の荷物を館内に運び込もうとしていたポーターは重い箱を足の甲の上に落とし、宿屋から出てきたりゅうとした身なりの紳士は足を滑らせて転倒した。いずれも美女に見とれたがゆえの事故だった。

「リブ!」

セイジア・タリウスが目を輝かせて叫んだ。

「あの人はおまえの知り合いか?」

と訊ねたナーガに、

「ああ、リブ・テンヴィーといって、わたしの一番の友人、親友なんだ」

女騎士は誇らしげに首を振る。すると、少し離れた場所に立っていた美女-リブ・テンヴィーがこちらを向いたかと思うと、目に涙を溜めて駆け寄ってきたではないか。

(そうか。わざわざ迎えに来てくれるなんて、そんなにわたしに逢いたかったのか)

リブにはジンバ村から何度か手紙を出していたが、都に戻るのを決めたのは急だったので知らせてはいなかった。しかし、彼女ほど賢い人なら気がついても不思議ではない、とポニーテールの騎士は考える。さあ、おいで、と半年以上逢っていなかった女友達との再会に感動を覚えながらセイが満面の笑みとともに両手を広げ、腕の中に美女が飛び込んでくるのを待ち受ける。そして、ロングスカートの深いスリットから白く長い脚がちらちら見えるのも気にすることなく勢いよく走ってきたリブが金髪の女騎士のすぐそばまで近づいてきて、

「セディ!」

と涙ながらに叫んだかと思うと、セイのすぐ横を通り抜けてセドリック・タリウスに思い切り抱きついた。




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