第249話 女騎士さん、都へ向かう(その5)
「しかし、ハニガンのことはどうにかした方がいいと思うぞ」
セイジア・タリウスが面倒な話題をまだ続けようとするので、
「ほっといてくれ。大した話でもないんだから」
ナーガ・リュウケイビッチはすっかり苦り切るが、
「きみには大事でないとしても、あいつにとってはそうじゃないんだ。最近転んだり頭をぶつけたりどぶに嵌まったりして、ずっと心ここにあらず、という様子だったからな」
1回キスされたくらいで、とモクジュの少女騎士は呆れたが、うぶな青年を惑わせたおのれの罪深さを自覚してもいた。はあ、と大きく息をついて、
「わたしには色恋に耽る余裕などない。家を再興させ、使用人たちを守り、ジャロを一人前にする。そのことだけで手一杯なんだ」
「じゃあ、ハニガンとはどうするつもりなんだ?」
「
「どうするもこうするも、これっきりだ。これから先に何もありはしない」
断固として言い放ったナーガを「ふーん」とセイは興味深そうに眺めて、
「一度きりの過ち、ということにするわけか」
訳知り顔で「うんうん」と頷かれて、異国の少女の頭の中で、ぶちん、と何かがちぎれる音が聞こえ、
「セイジア・タリウス、おまえこそどうにかした方がいいんじゃないか?」
皮肉っぽい笑みをともに走る女騎士へと向ける。
「なんのことだ?」
一向にぴんときていない様子のセイにますます腹が立って、
「おまえだってその気も無いのに男を弄んでいるじゃないか。しかも、一人だけじゃないからわたしよりもずっと罪が重い」
と言ってから指を折って数えはじめ、
「シーザー・レオンハルトだろ、アリエル・フィッツシモンズだろ、それに歌うたいのカリー・コンプもだ。みんなおまえに夢中だとわたしから見てもわかるのに、おまえは気づこうともしないんだから、おまえこそ真の魔性の女と言うべきだ」
弟ジャロの件の仕返しをしたかったのか、あからさまに挑戦的な口調で嘲笑してみたが、言われた側のセイがキレもせず黙ったままだったので、薄気味悪くなって振り返ってみると、青い瞳の女騎士が実に気まずそうな表情で俯いているのが見えて、さっきまで彼女を乗せて快走していた愛馬「ぶち」も主人の動揺につられたのかスピードを落としていた。
(そうか。気にしていないわけではなかったのか)
ナーガ・リュウケイビッチはすぐに事情を察した。セイも本当は自分に言い寄る男たちの思いに薄々気づいていたのだ。しかし、気づきながらもどのように対処していいのかわからずに困っているのだろう。とりわけシーザーとアルは彼女にとって長年の友人とも言える間柄で、親しい関係を壊したくない迷いもあるのではないか、と聡明な「蛇姫」は想像を巡らせる。
(まあ、イケメンどもに言い寄られてどちらがいいのか迷うだなんて、贅沢にも程がある悩みだが)
同情なんかするものか、といくぶん嫉妬も混じった鼻息を荒くしたものの、これ以上からかうつもりはなくなっていた。ナーガは若干きつめの性格ではあったが、決して意地悪ではなく、人の弱みにつけ込むことを何より嫌っていたのだ(あくまで日常生活においての話で、戦場では容赦なく敵の急所を突いたが)。
(騎士になった時点で女としての幸せは諦めたつもりだったが、そんな風に決めつけることもないのかもしれない)
きれいな服を着るのも甘いお菓子を食べるのも好きだった。ならば恋をしたっていいのかもしれない。村に戻ったらハニガンとちゃんと話をしてみよう。もちろん、あの男の気持ちを受け入れると決めたわけではないが、と何故か顔を赤くしたナーガに、
「ちょっと思ったんだが」
しばらく黙りこくっていたセイがいきなり口を開いた。「なんだ、落ち込んでいないじゃないか」と声の調子から判断した少女騎士が返事をしようとすると、
「仮にわたしとジャロが結婚したら、あの子はナーガの叔父にあたるから、わたしはきみの義理の叔母ということになるわけだが、これって」
びゅん! びゅん! と鎌鼬が「金色の戦乙女」の間近を行き過ぎた。
「セイジア・タリウス、貴様というやつは」
右手に「鉄荊鞭」、左手に長剣を携えたナーガ・リュウケイビッチが激怒のあまり瞳から黄金の炎を燃え上がらせていた。そして、
「言っていいことと悪いことの区別もつかぬやつはこの場で成敗してくれる。都にはわたしひとりで行って役目を果たすから、安心して死出の旅に赴くがよい」
「待ってくれ、仮定の話でそんなに怒らなくても」
「問答無用!」
高速で走る馬上で手綱も取らずに両手の得物で攻め立てる「蛇姫」。気を遣って損をした、という思いも彼女の怒りに拍車をかけているのかもしれない。
(いやはや、口は災いの元だ)
以後気をつけよう、とおのれの失言を悔やみながらも浅黒い肌の美少女の猛攻をしのぐセイジア・タリウス。最初からこんなことで無事に都までたどりつけるだろうか? と力なく笑うポニーテールの騎士に、
「わたしの弟に金輪際近づくんじゃない! この雌狐!」
ナーガは激昂し、
「いや、さっきはあの子が自分からわたしを見送りに来たんだが」
セイはさらに余計なことを言って「蛇姫」を逆上させる。枝葉の間をすりぬけた朝の光に照らし出された2人の美しい騎士が無事に目的地までたどりつけるかどうか、今のところは甚だ心許ない、としか言いようがなかった。
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