第248話 女騎士さん、都へ向かう(その4)
弟ジャロにプロポーズされたとセイジア・タリウスから訊いたナーガ・リュウケイビッチは乾いた笑い声をあげて、
「なかなか笑える冗談だ」
とつぶやいた。いや、冗談などではなく本当のことだ、と言い返そうとしたセイだったが、
「冗談に決まっている。冗談だと言え」
モクジュの少女騎士に睨まれてたじたじになってしまう。彼女の金の瞳に見つめられた戦士が身動きが取れなくなってしまうことから「
「いや、わたしも告白されて困ったんだぞ。だって、坊やをそういう目で見たことは当然なかったし、年の差が離れすぎてるし」
と結婚の可能性を否定しようとするが、
「わたしの大事な弟に求婚されたのを迷惑がるとは、おまえは一体何様のつもりだ?」
さらにナーガの怒りを買う結果になった。じゃあどうすればいいんだよ、と弱ったセイを「ふん!」と憎らしげに見やった浅黒い肌の美少女は、
「ジャロは純真で無垢ないい子だ。そんな子をどうやってたぶらかした?」
この言いがかりにはのんきな金髪の騎士もむっとして、
「たぶらかしてなどいない。ただ、あの子がへこたれずに頑張り抜いたのに感動したのと、何かご褒美をあげたかったから、ぎゅっと抱きしめておでこにキスしただけで」
そこまで言ったところで、びゅん! とセイジア・タリウスの頭上すぐ近くを真空の刃がかすめていった。
「は?」
突然の斬撃に目を剥いたセイが冷たい汗を流していると、
「貴様、やっぱりたぶらかしていたではないか」
ナーガ・リュウケイビッチが騎乗したまま右手に「鉄荊鞭」を持ってわなわな震えているではないか。身体から立ち上る青白い炎は紛れもない殺意の表れだ。
「なあ、落ち着け、ナーガ。今はそういうことをしている場合じゃ」
セイはどうにかなだめようとするが、
「よくもやってくれたな。わたしの天使にキ、キ、キ、キスするとは。この魔女め! 毒婦め! 色事師め!」
うわーん! と怒りの涙をふきこぼしながら鋼鉄の鞭を力任せにセイめがけてびゅんびゅんと強振する。
(ひえーっ。毒蛇の尻尾を踏んでしまった)
猛スピードで疾走する馬上で上体の動きだけで怒濤の連続攻撃を避け切ったのは「金色の戦乙女」にしかなし得ない妙技だと言えたが、いつになっても攻めが止まる気配がないので、
「わたしも軽はずみなことをしてしまったのは認めるが、しかしだな。ナーガ、きみだってあまり人のことは言えた義理ではないと思うが」
やんわりとたしなめた。
「何を言うか! おまえのような好き者と一緒にするな!」
なおも激昂する少女騎士に、
「いや、だって、あの戦いの後できみはハニガンとキスをした、って聞いてるぞ」
セイがそう言うなり、ナーガの動きがぴたっと止まり、激しくうねっていた「鉄荊鞭」も勢いを失って、「蛇姫」の手の中でだらりと垂れ下がった。
「おまえ、いったい、それを、どこで」
美貌から汗をダラダラ流しながら訊ねてきたナーガに、
「別に探り回ったわけじゃなくて、村中で噂になっていたのが耳に入ったんだ」
青い瞳の騎士からもたらされた情報が少女騎士の頭頂部にがつんと響く。
(だからか。だから、みんな様子がおかしかったんだ)
「ジンバ村防衛戦」の後で村人たちに会いに行くと、にやにや笑われたり、遠くでひそひそ話をされているのは気になっていたが、その理由に気づいて愕然とするしかなかった。しかも、狩人たちの見ている前で若い村長の唇を奪ったのは他ならぬ彼女自身なので、誰かのせいにするわけにもいかず、ただただ顔を赤らめることしか出来なかった。
「しかし、きみがハニガンに気があるとは意外だったな。まあ、少しぼんやりしているが真面目な男だから、悪い選択ではないと思うが」
左手だけで手綱を持ち、空いた右手で顎を撫でながらつぶやいたセイに、
「下衆の勘繰りはやめろ。あれはたまたまだ。戦いを切り抜けて興奮していたのと怪我をして少し冷静さを欠いていたので思わずやってしまったことだ」
息せき切って弁解するが、
「いや、あの、そーゆーことを『たまたま』やっちゃうのはあまりよくないんじゃないか? ちゃんとした気持ちがあったうえでやった方がいいような」
あっさり撃沈されて目の前が真っ暗になる。どうしてこういうときだけ論が立つんだよ、と並行して走る女子に文句を言いたくなるが、それでも責任が自分にあることは否定できない。
「そう言われると、返す言葉がない」
「蛇姫」が恥じ入って俯いたので、金髪の騎士は慌てて、
「きみを責めているわけじゃないんだ。わたしだって同じようなことをやってしまったわけだから」
気持ちの昂ぶりのままに口づけをした点では、2人は何も異なるところがなかった。
「はあ。時々自分のことがよくわからなくなるよ」
ぽつり、と溜息交じりにつぶやかれたセイの言葉にナーガが何も答えなかったのは同意を意味していたのだろうか。若く健康であるために身体の内側から湧き上がる情動を扱いかねている乙女たちはしばらく黙ったまま、朝靄の中を駆け続けた。
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